6.ラストバトル!
始めがあれば終わりもあるわけで。
『車の用意が出来たぞ!! 人質を解放しろ!!』
「ああ、やっと用意できたんだ」
「すっかり忘れてたっスね」
「んじゃいよいよ終わりかにゃ?」
外からの警察の呼びかけに、食事も終え満足状態の3人がぷは〜っと幸せのため息をつきつつ窓の外を見やった。ちなみにもちろん犯人の分の食事はない。
そのため息が―――
途中で止まった。
「ちょっと待って!」
がたん!
鋭く言ってイスから立ち上がる不二。
「どったの? 不二」
「人質解放だよ? けどいきなり全員解放するわけないでしょ? そんな事したらすぐつかまる」
(お願いです解放させてください、というか解放してください・・・・・・)
不二の言葉に犯人がメットの中で涙を流した。が、もちろんそんな願いが届くわけもなく―――いや、間違いなく届いてはいたであろうが、聞き入れられるわけもなく。
「警察はこっちの要求を1つ呑んだ。なら―――」
「1人、解放するのがスジ・・・・・・」
こちらも立ち上がって英二が後を継ぐ。わかった。不二が言いたい事は。そして―――ここから本日最大のバトルが始まる事もまた。
初手は同時だった。
お互いにこの上ない笑みを向け、
「良かったじゃない英二。さっそく解放されなよv」
「いきなり俺じゃ悪いだろ? 不二が先にいけよvv」
「そんなv 英二はお客様じゃないかvv せっかく招いたのにその上こんなトラブルにまで巻き込んじゃって、本当に申し訳なく思ってるんだからvv」
「そんな気ぃ使うなよvv 不二は俺の親友だろvv お前見捨てて俺だけなんていけるわけねーだろvvv」
「―――なんだ先輩たち出る気ないんスか? だったら俺が―――」
「「だめ!!!」」
「・・・・・・。何スか、一体・・・・・・」
わけがわからないままため息をついて肩を落とすリョーマ。その彼の頭上でなおもにこにこと微笑み、譲り合いの精神を発揮させている2人。
(ここで邪魔者さえ出て行けば越前と2人っきり!)
(しかも人質なんてオイシすぎる状況!! ぜってーここはもらう!!!)
などと考えつつ2人が笑顔で火花を飛ばすこと10分。
「―――じゃあ勝負して決めません? 勝ったら解放。これなら公平でしょ?」
いい加減飽きたリョーマがそんな提案をした。
「勝負? じゃんけんとか?」
「それじゃ英二が後出しするでしょ」
「なんで決め付けてんだよ!!」
「英二の動体視力なら出してる途中で相手の手が何の形かわかるでしょ?」
「ぐ・・・!」
「図星なんスか、英二先輩・・・・・・」
「ん・・・んなワケねーじゃん。後出しなんてしにゃいってv ははは」
「口調めちゃめちゃっスよ」
「しかも全てわざとらしいし。やるつもりだったんだね。やっぱり」
「だ! だったら別の勝負にしようぜ!!」
必死に話題を逸らす英二。ここで『ズルをしようとしたから退場』などと言われれば計画がすべておじゃんに!!
「別の・・・・・・けど何があるかな・・・・・・?」
「ああ、だったらアレにしません?」
そんなわけで勝負は先程やっていたテニスゲームで決める事になった。ただし残念ながらこのゲームは1人プレイ専用のため、フリー対戦モードでその他2人が選んだ相手(コンピューター)と対戦させ、勝った人が出る、という事になった。
最初は英二。不二はもちろん弱い相手をぶつけてさっさと勝たせてしまいたかったのだが、残念ながら「英二先輩っていったら赤澤でしょ」というリョーマの意見採用となった。
かくて―――
「わ〜負けちった〜vvv」
先程とは打って変わっての明るい声。勝負は0−6のラブゲーム。最初から負ける気満々なのだから当り前だろう。しかも英二には都合のいい事に、負けたとしてもリョーマはそれを疑わない。
「やっぱ英二先輩弱いっスね」
そんな事も言われるが、リョーマと2人っきりのためならその程度嫌味でも何でもない。英二は笑顔でかわした。
次いで不二。
「不二っていったら観月でしょ」
ぴく・・・。
「観月じゃ6−0で先輩の勝ち決定じゃないっスか」
「だからいい―――じゃにゃくて、ほら、けど観月も頑張ってるし、もしかしたら〜にゃんて事あるかも」
ぴくぴく・・・・・・。
「あるワケないじゃないっすか。あっさり終わるっスよ」
「絶対! 今回それはないから!」
「・・・・・・何スかその自信・・・・・・」
「いーからいーから。な〜不二!!」
にんまりと笑う英二に、不二も頬をひくつかせつつも笑い返した。
「あっはっはっはっは! そうだね! 英二!」
「不二先輩、大丈夫っスか? 人格変わってますよ?」
「そんな事ないよ越前君vvv じゃあ観月で行こうかvvv」
「はあ・・・・・・」
そして、1時間ほどの長勝負の結果は・・・。
「あ〜〜〜〜〜はっはっはっはっは!!! 不二が負けた!!! しかもあの観月に!!!!! ウケる〜〜〜〜!!! ってかハラ痛て〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
「先輩何やってんっスか? 別にやりなれてるんでしょ? このゲーム。酷い負け方でしたね。弟の敵討ちとか、それ以前の問題でしたよ」
ぴくぴくぴくぴくぴく・・・・・・!!!!!!
英二の大爆笑とリョーマの屈辱的な言葉に、今すぐテレビからコードを引っこ抜いて思い切り叩き付けたい衝動に刈られながらも、くは〜、くは〜っと荒い息をついて何とかそれをやり過ごす不二。
試合は6−6のタイブレークまで突入し、その上15ポイントほどお互いとってからようやく決着がついた。負けよう、負けようと思いつつも、観月のいやらしい笑みを見るとどうしてもそこにボールをぶつけたくてたまらなくなる。そんな葛藤と戦いつつの勝負だったのだが・・・・・・。
(これも越前と2人っきりで過ごすため!!)
プライドを捨てての敗北。そしてこの反応。
最早全てを忘れてキレたくてたまらないが、不二がその思いを行動に移すよりも早くソファに座っていたリョーマが立ち上がった。
「じゃあ最後は俺っスね。相手誰にします?」
プレイするキャラクター―――自分を選び、対戦相手の段階で止まるリョーマを見て、
「「越前君/おチビって言えば、やっぱ手塚でしょ!!」」
不二と英二、2人の声がハモった。
そして・・・・・・
・ ・ ・ ・ ・
「手塚役にたたねーーーーーー!!!!!」
「何コレ!! これが僕たちの部長!!? こんなんでどうやって全国まで行くのさ!!!」
「不二!! お前のゲームだろ!!? なんでお前が手塚の『実力』知らね―んだよ!!!」
「知る訳ないでしょ!? 手塚ずっとS1だったから試合してないし!! しかも手塚なんて使おうとか思うわけないじゃない!!! 使って勝たせても嬉しくないし! それに万が一負けたりしたらムカついてたまらないじゃないか!!!」
「お前が自信満々に言うから信じちまった俺がバカみてーじゃねーか!!!」
「自信満々に言ったのは英二もでしょ!! 僕1人のせいじゃないじゃない!!」
「俺はこのゲームやんの今日が初めてなんだ!! 手塚の実力なんて知るワケねーだろ!!?」
テレビを前に言い争う2人。試合の結果は2人が言うとおりだった。
「―――じゃあ俺帰りますね。先輩たち、お先っス」
2人から離れて黙々と帰り支度をしていたリョーマが、テニスバッグを肩から下げ、帽子のつばを軽く上げた。その下で、頭を少し下げる。これが彼の挨拶。
玄関に向かうリョーマを、必死にメイツが引き止める。
「あ゙あ゙〜〜〜!!! おチビ〜〜〜〜〜!!!」
「もうちょっと! ね? おやつにおせんべいも用意してるから!」
(せんべい・・・・・・・・・・・・)
心が惹かれなくもなかったが、ふるふると首を振り、いつもの生意気な笑みを向けた。
「約束っスから」
ばたん!
それだけ言い残して、ドアを閉める。外ではカメラのフラッシュだの何だのがうるさかった。
<今! 人質の少年が1人解放されました!!>
「大丈夫か!? 君!!」
(ウルサイ・・・・・・)
アナウンサーだの警察官だの、いろいろ近寄ってきては騒ぐ一同を他所に家へ帰ろうとするリョーマ。と、その手を誰かに掴まれた。
「何・・・?」
不機嫌そうに振り向く。知らない奴がまたなんか勝手に騒いでくるのかと思ったのだが―――引き止めてきたのは知っている奴だった。
「ちょっと待て越前」
「何?」
「お前そのまま帰るつもりか?」
「そうだけど? 眠いし」
腕を掴んだまま訊いてくる裕太に、リョーマは簡潔に答えた。
が、なぜかそれを聞いて腕を掴む裕太の力が強まった。
「だから何―――」
「頼む! あと5分! それだけでいいからいてくれ!!!」
健康そうに薄く焼けた顔面を蒼白にして頭を下げる裕太。
「どうしたの?」
由美子も不思議そうに尋ねるが・・・・・・
答えはわりと簡単に判明した。
・ ・ ・ ・ ・
リビングに戻ってきての2人の話。
「俺この『ゲーム』飽きた」
ぽちりとPSとテレビの電源を落とし、英二がぼやいた。
「奇遇だね。僕も飽きてきたところだよ」
コードを引き抜いて、不二も答える。
「越前がいないと意味ないしね」
「んじゃそろそろ止める?」
「そうだね」
PS筐体を片付ける終わる。
「じゃあどうやって終わらせよっか?」
「そりゃラストっていったらハデにいくっきゃないっしょ」
ばきぼきと指を鳴らして英二が言った。
「そうだね。おかげでストレスも溜まったし。せめてその解消の役にくらいはたってもらわないとね」
リビングに飾られていたライフルを取り、弾丸を込めながら不二が笑った。
「ああ、英二。そういえばさっき撃ち損なったよね。撃ってみる?」
「うんにゃ。やっぱ俺直接やる方が合うし。お前は?」
「僕はそういう生臭いのはどうも・・・。それに接近戦はあんまり得意じゃないしね」
「やると結構楽しいぜ? 感触がよくわかるし」
「う〜ん。そういうのもあるか・・・・・・。
―――あ、英二。けどここではやらないでね」
「なんで?」
「このカーペット、母さんのお気に入りなんだよね。アメリカで買ったんだって」
「ああ。血とかつくと落ちね―もんなー。漂白剤使ってもなかなか」
「さすが英二。よく知ってるね」
「うちでやってるしな。けどどーする? 他どっかあるん?」
「どうしよう。外―――にすると芝生が吸っちゃうよねえ。かといって中だと後の掃除が大変だし」
「風呂場は? あそこだったら水流して終わりじゃん?」
「けど臭いとか篭ると後で姉さんに文句言われるかも」
「換気するっしょ?」
「もちろんするけど―――生臭さって取れ難くない? なんか気持ち悪い感じするし」
「う〜んそれは・・・。
あ! だったらお詫びに入浴剤渡して誤魔化したら?」
「ああ、その手があるか。最近姉さんアロマオイルに凝ってるし、いいかも」
「あれ? 不二のお姉さんも? 俺の姉ちゃんも今凝ってるよ」
「多分それ姉さんが薦めたからだと思うよ。この間その話で盛り上がったっていうし」
「あ〜な〜るほど」
「それにお風呂はいいかも。あそこなら声外に聞こえないし」
「ん? 防音でもしてあんの?」
「いや。そうじゃなくって。あそこなら盗聴器取っちゃったから」
「ああ、そういやさっき言ってたっけ。裕太が可愛かっただのなんだの」
「そうなんだよ裕太ってばそんな―――」
「わかったから。もういいから。
―――んで一応訊いておくけど、盗聴器の前でしたってのはその近親相姦の話なだけなワケ?」
(それだけでわざわざ自首してくるか? せっかく苦労して仕掛けたのに?)
自分で最初に言っておいてなんだが、それだけで自首しようとはとても思えないような・・・?
その英二の質問に、不二はライフルを持っていない方の手を顎に当て、首を捻った。
「う〜ん。あとしたって言えば銃で撃たれた場合のデッドラインについて、とか?」
「なにそれ?」
「確かニュース見ててふと話題になったんだけど、どういう銃でどこをどんな角度で撃った場合死ぬかとか生きるかとか。これはまともに盛り上がったよ」
「だからさあ・・・・・・」
「あとこの間撮った写真に1枚心霊写真が紛れ込んでたんだけどどう思う? ってことでもやっぱり盛り上がって」
「不二なら安全っしょ。お前に手ぇ出すヤツなんて霊でもいないって」
「僕だけじゃなくて家族写真だったんだけどね。ついでに心霊写真撮れてから何か霊にちょっかいかけられた事ならよくあるけど?」
「―――のわりには平気なんだな。やっぱ」
「適当に痛めつけて追い払ったから。たかだか霊ごときが僕に手を出そうなんて100年は早いよ」
「・・・・・・。大抵霊の方が年上なんじゃん?」
「ちなみに自首してくる前日は確か・・・姉さんが面白い本見つけてきたからって話してたんだよね」
「へ〜。珍しく普通の話題じゃん」
「黒魔術大全なんだけどね」
「・・・・・・前言撤回」
「実際使えるのかって事で盛り上がって」
「あり? 試してないの?」
「使う相手が思いつかなかったからね。中で1つ、面白そうなのがあったんだよ。姉さんもそれ見て本買ったらしいんだけど」
「不二が面白がるの? またどんな?」
「電波を通して相手にいろいろするっていうのなんだけどね」
「そりゃ犯人自首してくんだろ・・・・・・」
「何でかなあ?」
「不思議じゃねーから。
ちなみに今までのってさあ、日常会話?」
「当り前でしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・いいけどさあ」
と、そこで風呂場にたどり着く。英二は後ろ手に引きずっていた犯人を大きめの風呂場に放り捨て、がちゃりとカギをかけた。
「よくよく考えてみりゃ、最初に喉つぶしゃいいんじゃん?」
「そうだね。こんな男の悲鳴なんて聞いたら僕たちもやる気なくすし」
「んじゃそうしよっか」
頷き―――犯人のメットの下に手をもぐりこませる英二。細い首をがっと掴んだところで、
「ま、待って下さい!! お願いします!!!」
何をされるか予想がついたか(というか話をしていたのだから当然だが)犯人が慌てて両手を振った。
「んにゃ?」
「なんだろうね?」
首を傾げる2人の前で、メットに手をかけ一気に外す。
「お願いです! 警察にすぐ行きますから止めてください!!」
ふあさっと広がる長い髪。恐らくメットに変声機を仕込んでいたのだろう。今までの低い声から変わって、澄んだソプラノが響く。
「へえ・・・・・・」
「女、だったんだ・・・・・・」
不二と英二が呟いた。メットの下から現れたのは、24〜5歳程度の女性の顔だった。体格が現れないように巧妙に服で隠し、尚且つ『銀行強盗犯』などという情報から男性だと仮定していたのだが。
綺麗な顔を強張らせ、必死の形相で訴えるその女性を2人で見下ろし―――
ぽんと英二が手を叩いた。
「お姉さん妊娠でもしてんの?」
「は・・・・・・?」
謎の問いかけに目を点にする犯人。確かに体格はある程度誤魔化しているが、それでも別に腹が出ている格好ではない。
女性としてのプライドをどこか傷つけられ、落ち込みかけた女性の肩に不二が手を置く。
「でしたら安心してください。おなかの子どもだけは絶対に傷つけませんから」
力強く頷く不二を見て、どうもボケている訳ではないらしいと悟った女性が真面目に返答しようとする。
「いえ。違います。私が言いたいのは―――」
「なんだ〜。違うんだ〜。じゃ〜安心じゃん。心置きなくやり放題〜v」
「あ、きっと将来妊娠するかもしれないからちゃんとその機能は残して置いて欲しい、って言いたいんじゃない?」
「あ、そんな事? だ〜いじょぶv 後遺症とかは絶対残さないからv」
「まあ傷跡位は我慢してもらいますけど」
「よかったじゃんお姉さんv そんなんで済んでv」
「ち、違います!! あ、あの・・・・・・暴力はとりあえずできれば控えてもらいたいかな〜って・・・・・・」
2人の親切な案を激しく否定する犯人。が、2人の笑顔を前に、語尾が少しずつ小さくなっていく。
「う〜ん。そんなわがまま言われても」
「ねえ」
「あ、ほ、ほら・・・・・・私、女性ですし・・・・・・、フェミニストなんて言葉もありますし・・・・・・。ね・・・・・・?」
えへ。と愛想笑いを浮かべる女性に、2人揃って鷹揚に頷く。
英二は再び女性の喉を軽く掴み、
不二はライフルの長い銃口を女性に向け、トリガーに人差し指をかけ、
笑顔で、告げる。
「けど―――」
「今の世の中、男女平等がモットーですから」
そして―――不二家風呂場から断末魔の悲鳴が、一瞬だけ聞こえてその後消えた。
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手塚はそこまで弱くありませんよ。多分(いや、私もあまり手塚でプレイしないもので・・・・・・)。