始まりは、父親の一言だった。
「景吾君。僕の代わりにパーティーに行ってきてくれないかい?」
Priceless Pride
〜プライドの価格〜
プロローグ―――
「断る。やなこった」
自室のベッドに寝転び雑誌を広げぱりぽりお菓子を食べつつ即答する少年。男子中学生としては極めて平凡な光景。食べているのがスナック菓子ではなくチ●ルチョコだったりする辺りちょっと甘党気味か? その程度の違いだ。
違うとすれば、そうしているのがかの跡部財閥総帥息子であり、また低姿勢と見せかけノックもせず人の部屋に入り込んでくる喧嘩上等な相手こそが総帥当人だったりするところか。
「そう冷たい事を言わずに」
「大体なんで俺に頼むんだよ。母さんに行ってきてもらったらいいじゃねえか」
「それは困るよ。琴美をそんなところに1人で連れて行ったら何をされるかわからないじゃないか」
「・・・母さんがか? 相手がか?」
「もちろん琴美の方に決まってるじゃないか。外見も内面も申し分ないのは僕の最高の自慢だけど―――ああ2番目で悪いね景吾君。もちろん君らのどちらかが相手に対して引けをとるワケじゃない。ただやっぱり夫としては子どもより妻を褒め称えるべきだろう?―――だからこそそんな彼女を見て世の紳士淑女はどう思うか―――」
「ああもーいい!! つーか紳士淑女だったらまず何も思わねえよ!!
まさかたあ思うが、てめぇ端から俺に押し付けるつもりで引き受けたんじゃねえだろーなあ・・・・・・!!」
「そうか。君は断るか」
「肯定かよ・・・・・・。
ったりめーだ。最初っからそう言ってんだろーが」
「仕方ないな。じゃあ1人分断りを入れて、寂しいだろうけどパーティーには虎次郎君1人で行ってもらう、と」
「待て親父。何でそこでアイツの名前が出る?」
「先ほど虎次郎君に会ってね。『立食パーティーでこの招待状を持っているともちろんタダで自由に何でも食べられるんだけどどうだろう?』と誘ったところ快く承諾してくれた。持つべきものは友達だね。やはりやる気のある者に頼むべきだろう、とその場で招待状を渡しておいた」
台詞の終わりには、跡部―――息子の方―――は立ち上がり父狂介の手から招待状とやらを引ったくっていた。
「行きゃいーんだろ行きゃあ!!」
「その意気だよ景吾君。やっぱり君は君だね」
「・・・・・・あーそーだな。結局自分の言い分が何一つ通らねえ辺りホンット俺だよな」
「じゃあそういう事でよろしく。パーティーは30分後からだから」
「やっぱそーいう展開か!!」
∞ ∞ ∞ ∞ ∞
「た〜のし〜なー♪ パ〜ティ〜だー♪ な〜にか〜ら食〜べよっかな〜〜〜♪♪」
「おい佐伯・・・」
不思議な歌を歌い浮かれる恋人を、跡部は苦い顔で見やった。いくら自分の父親で彼自身も知り合いとはいえあっさり受けるか? これでは誘拐されても文句は言えないではないか。
見た―――まま視線が止まる。いつもの制服やジャージ、着古したTシャツやそろそろビンテージがつきそうなGパンなどではなくきっちり正装姿。前回何かで見た時も同じ格好だったところからすると一張羅はこれしか持っていないようなのだが、それで着慣れるからなのかやたらしっくりきていた。黒の上下の上でより映える、高級感を帯びた銀髪。そしてもちろん整った顔立ち。少し・・・・・・見惚れる。
首を軽く振って意識を戻す。コイツに見惚れるなどまっぴらだ。
ホテルマンに開けさせ入りながら、最終確認を取った。
「お前・・・・・・来た意味わかってんのか?」
「もちろんわかってるぞ? 目標は全品制覇だ。タッパーもしっかり持ってきた。たとえ食べ切れなかったとしても詰めて帰ればOKだ」
「・・・・・・・・・・・・」
タッパーを取り出しにっこり笑う佐伯に危うく倒れかけた。どうりでクロークにも預けずやけにデカいバッグを持っていると思ったら。
「・・・・・・まあ、いいけどな」
呟く。どうせ『意味』などないのだから。挨拶然り顔見せ然り、本当に何か役割があるのならば説明0で他人に押し付けるワケがない。抜けきっているようで決して間抜けではないからこそ、彼は世界的にも名高い財閥の総帥などやっていられるのだ。しかも本家を乗っ取って。
あの父親の事だ。己の言葉どおりの『意味』だったのだろう。食べ放題パーティーへの招待と、あと自分へのささいなからかい。
「さってまずは〜♪」
会場に入るなりふらふらどこか(もちろん料理の並ぶ辺り)に行こうとする佐伯の後姿を見、跡部は軽く苦笑した。ここはもう割り切った方が良さそうだ。彼のように。
と・・・
「あ、あの・・・
跡部、景吾君よね・・・・・・? 私、この間のパーティーで会った・・・・・・」
もじもじと声をかけてくる少女―――とはいえ自分より2・3は上か。このようなパーティーに駆り出されるのは別に今回が初めてではない。家族らで外食に行く何回かの内の1回がパーティーといったところだ。「どこに行くかで揉めずに済むでしょう?」というのが母の弁。確かに和・洋・中、外食で食べそうなものが大抵揃っている(ファストフード類はもちろん除く)のだから打ってつけか。
そんなワケで・・・
(全っ然、憶えてねーなあ・・・・・・)
―――跡部のために弁護しておく。彼は別に記憶力が悪いわけでも、人に憶えさせて自分は楽するタイプでもない。現に例として己が治める氷帝200人の部員などは顔から名前、プレイスタイルに特徴、性格など事細かに言える。応援に来たりプレゼントをくれたりする子もまた同じく。接する機会こそ少ないが、それをカバーして余りあるのが持ち前の洞察力と人間観察力だ。把握しすぎてストーカー犯に間違えられた経験すら持つ。
このように、彼は自分に関わる物事はよく憶えている。逆に・・・
・・・自分に関わりなしと判断したものは即座に忘れる。こんなパーティーで会った人物その1を憶えていろという方に無理がある。
だから―――
「忘れた」
「え・・・・・・?」
呆ける少女の脇を縫って佐伯を追いかける。たとえ見失ったとしても、微妙に遠巻きで女が集まっている所がそうだろう―――そう予想がつくからむしろ目を離しておきたくなかった。
追いかけようとして、
がしり!
「・・・何だよ?」
「あ、あの私、折原香奈江って言います」
「そーかよ。じゃあな」
「だからちょっと!!」
さらにがっしり掴まれる。振りほどいても構わないしそう出来る程度には筋力もある。・・・・・・吹っ飛ばして周りに非難される屈辱に耐える根性さえあれば。
「・・・・・・だから?」
ため息をつき、向き直る。折原嬢は再びもじもじモード―――これが男性へのセックスアピールらしい―――に変わり、
「あの・・・1曲付き合ってもらえません?」
「曲・・・?」
目線だけで周りを見回す。入ってからずっとおかしすぎるノリに流され聴いていなかったが、確かにワルツが流れていた。それも録音ではなく生演奏で。
ワルツは踊れる。お家柄・・・ではなく多趣味な母親に付き合わされ。フラダンスはさすがに断ったがフラメンコやタップダンスなどのちょっとした自慢に使えるものからフォークダンスや阿波踊りなど一体どこで使えばいいのかわからない物件まで出来たりする。ワルツはその中では普通の扱いだろう。
哀しき習性の性とでも言うか、慣れたものには意識せずとも自然に体が反応する。彼女は目ざとくそれを見つけ目を輝かせ、
「知らねえ。じゃあな」
「え・・・・・・・・・・・・?」
今度こそ跡部を完全に逃した。
佐伯がいたのは意外と近くだった。彼は予想通り見惚れる女性たちの輪の中心で―――なぜか料理を切り分けるコックと仲良くなっていた。
「コレ美味しいですね〜! おかわりお願いします」
「お、そーかい? そう言ってくれると嬉しいよ」
「え? みんなおかわりとかしないんですか?」
「そりゃしないさ。『立食』パーティーなんて言うけど実際ただのおしゃべり会。用意した料理なんて8割方は捨てられる」
「勿体無いなあ。俺だったら絶対残さな―――ぅあっ!!」
「ど、どうした!?」
「しまった目標全品制覇だったのにここでおかわりしてたら食べきれないじゃん! すいません。そろそろ次へ行かせて頂きます」
「ハハッ! そんな事か!
じゃあこんなのどうだ? 全部捨てちまったらそれこそ勿体無えだろ? 余った分な、上には内緒でスタッフ達で分けてんだよな。お前さんも一口乗るかい?」
「乗ります乗ります! ぜひお願いします」
「そー言ってくれると嬉しいよ。女房や子どもなんかにゃ余りモンで悪いたあ思うけどよ」
「そうですか? むしろ俺の方がコックさんの息子になりたいですよ」
「ハハハハハ! いいなー! 作り甲斐ありそうだ!」
こんな感じで盛り上がる2名。
「・・・・・・何やってんだ?」
「あ、景吾。これ美味いぞ」
振り向きざま持っていたフォークを差し出され、跡部は普通にはくりと口にした。口端に付いた分を指の腹で拭い、
「お、なかなかいけるじゃねえの」
「そーかそーかお前も見る目あるじゃねーの! 持ち帰りは2人分な」
「あ、すみません。出来れば多めでお願い出来ませんか? 食いたがるヤツが多いモンで」
「オッケーオッケー。んじゃ頑張って持って帰ってくれよ?」
「ありがとうございます」
「景吾お前1人ズルいぞ! 俺だって多めに欲しいんだからな!」
「落ち着けよ佐伯。1人で多めにもらうよりゃ2人でもらって後で分配した方がいいじゃねえか。その分もらえる量が増えるんだからよ」
「おお成る程! ナイス景吾!」
「ハーッハッハッハ!! 打算まみれがいいぞ兄ちゃんら!!
―――おお悪りいな。次のお客さんだ。ま、終わってからまた会おうぜ。余り多いとはいえ人気モンは無くなんの早ええぞ」
「そうか。じゃあ早く回らないと!
じゃあコックさん。後でよろしくー」
「おう!」
コックに手を振りながら、逆の手で跡部の手を取り次の場所へ移る佐伯。さりげない仕草に、意識したのはした当人とされた当人だけだろう。
歩きながら、佐伯が小さく呟く。
「断ったんだ、ダンス」
「やっぱ聞いてやがったか」
「知った上でのんびり会話してた、と」
「向こうが絡んできたからなだけだろ?」
ぴたりと足が止まった。振り向かれる。
見つめ合う。男子同士だというのを無視すれば、それこそこれからダンスでもしそうだ。
同じ事を考えたのか、佐伯の話題が戻ってきた。
「知らなくはないだろ? ワルツ」
そう言う佐伯もまた知っている。一緒に習っていたのだから。
佐伯の手を取る。上に挙げ、
跡部は憮然とした表情でこう言った。
「・・・・・・・・・・・・女のパートしか知らねえんだから仕方ねえだろ」
母親のを見よう見まねで覚えたのだというか覚えていたのだ。何も知らないままこちらは普通に男のパートを覚えた佐伯と息ぴったりで踊り、周り全員に大爆笑されて以来二度とワルツはやるものかと固く心に誓った。
そしてその佐伯は現在・・・
「だから笑ってんじゃねーよ//!!」
・・・・・・相も変わらず笑い転げていた。
∞ ∞ ∞ ∞ ∞
それはそれで終わった。回れるだけ回ったし、幸い人気料理も無くなる前に確保出来た。
パーティー終了後もロビーでたむろっていると、件のコックさんに調理場に招かれ、使い捨てのタッパーにお弁当のようにいろいろ詰められていた。お礼もしっかりして、さらに雑談で盛り上がり。
両手に下げホクホク気分で帰路に着き、家の前で別れた。健全なお付き合いではないし、せっかくの機会なんだから一緒に夜を過ごしてもよかったのだが、残念ながらそうは出来ない事情があった。なのでそれは明日に持ち越すとして・・・
「んじゃな景吾。狂介さんによろしく言っておいてくれ。『ごちそうさまでした』って」
「つーか次からそうホイホイついてくなよ?」
「何で? いーじゃん。お前も来てくれるんだろ?」
断言しない。あえて疑問形。余計にタチが悪い。
跡部は荷物(タッパー)を片手でまとめ、もう片方の手でくしゃくしゃと頭を掻いた。
「・・・・・・そー来んのかよ。んじゃ次からはせめて俺が行くって言ってから返事しろ」
「亭主は女房が買い物に行くのも場所がわかってないと嫌派、ですか」
「誰がだ」
「お前が」
くつくつと笑う佐伯。コイツのおしゃべりを言葉で止める無謀さはもうよくわかっている。
煩い口を丸ごと塞ぎ、
「んじゃ明日な。家で大人しくしてろよ?」
「やっぱ女房を家に閉じ込めたい―――」
「だから誰がだ!」
そんな、いつもと変わらぬやりとりをする2人。その頭には、もちろん先程の女性Aの事など全く残っていなかった。
―――前篇へ
∞ ∞ ∞ ∞ ∞
さて始まりました意味不明の話(爆)。ここだけ読むとただの毒舌ショーでしたが、とりあえず今後は、登場後多分1分程度で切られた、コックのおっちゃん以下の目立ちっぷりだった女性Aが絡んできます。果たして捨てられるサエはヲトメになれるのか!? ・・・というテーマですので、ラストはともかく中間は相当サエが報われない事になりそうです。暗いシリアス風味ですので、苦手な方及び現在テンション下降気味の方はご注意ください。
そして『Priceless』。普通に『金で買われない』と訳すと丁度良さげですが、『非常に面白い』『馬鹿げきった』と訳した方がオチは読めそうです。ところで・・・『金で変われない』と変換されてしまったのですが、ある意味これが究極のオチっぽいです。
2005.5.8〜9