そして次の日。





Priceless Pride
          〜プライドの価格〜






前篇―――


 (何かあったなこーいうの。《1度目は偶然、2度目は必然、3度目は運命》だったか。んじゃコレはどー言うんだろうな)
 朝。部活に行こうと出かけたところで跡部は止まった。目の前に見える少女。さすがに2日連打で会えば憶えてはいるものだし、記憶の淵の隅っこの方をよくよく漁って掻き集めてみれば、彼女に会ったのはこれで5度目だった。昨日除いては何の会話をしたかも全く思い出せないが。
 その少女―――の向こうに見える佐伯に跡部は目を止めた。記憶のど真ん中ストライクゾーンを陣取る存在。決して忘れる機会を与えられず日々書き加えられる彼に会うのは、これで
365×14300程度にプラマイα回といったところか。引っ越してからの回数は減ったように見せかけ、大会などで遭遇すれば1日2回3回『会う』のは珍しくもない。間を取って、α=0とでもするか。毎日違う事を同じやり取りで、同じ事を違うやり取りでするためいつ何をしたかはあやふやだが、何かをした事は不必要なまでによく憶えている。多分1回1回のインパクトの差だろう。『佐伯』に関して記憶を消す事が出来たなら、間違いなく現在の必要容量から1/2以下に収まるだろう。
 「景吾君っ!」
 昨日より親しげに駆け寄ってくる折原嬢。服装もかしこまらない感じでワンピースだ。やはり生粋のお嬢様はキャミで肩丸出しなどしないのだろうか。8月のクソ暑い最中、肩までちゃんとふんわり覆われていた。
 ちなみにこちらも自分を見つけ門から出てきた佐伯の服装はTシャツにハーフパンツ。下がサンダルでなければこれから毎朝恒例のランニングでもするかのように見える。ただし―――違うと決定たらしめたものは違う理由でだが。
 佐伯は周りに言われる『優等生』のイメージそのままに規則正しい生活を送る。休日だからとてれてれ昼ごろまで布団にいたりはしない。たとえ前日遅くまで起きていようが(起きて何をしていたかは気にしないように)、早朝4時半に起き5時から5時半までランニングだ。病気だったりでもしない限りそれは変わらない。なにせ・・・・・・佐伯家は夜電気をつけて明るくするという習慣がないに等しいのだから、日の光は無駄には出来ない。
 時計を見る。今は6時だった。
 (よしよし。今日はちゃんと家にいるな)
 佐伯と昨日すぐ別れた事情。ひいては佐伯が部活休みを利用してこちらに来ている訳。彼は実家での大掃除要員として駆り出されたそうだ。さすが佐伯家。
1231日とは真逆な感じのするこんな時期にも普通にやるゾ☆
 今は子世代が引っ越してしまったため違うが元は2世代同居だった佐伯家。とはいえ姉の真斗はずっと海外にいるため実質5人暮らし。仲も悪くないのだから適当な家で暮らせばいいのだろうが―――この家は相当に変わった造りをしている。総合的には住人の数に合わせ
6LDK。ただし、中央に共同スペースであるLDKその他を挟んで下2部屋上1部屋の2階建てが並びガラス張りの渡り廊下が繋ぐ、傍から見ればちょっとした豪邸状態。庭にテニスコートがある不二家と同じ敷地をただ放置しておくだけだと夏場の草むしりが大変だからという事で、そんなスペース無駄遣い家になったそうだ。高級住宅街につきみんな自宅に駐車スペースは十分持つため駐車場として貸し出せない。お隣に倣ってコートを作ってもいいが跡部家・不二家に佐伯家と3つもコートはいらん。
 そんなこんなで家は大きい。佐伯家全体の特色として、あまり装飾はしないため物は少ないが、それでも1軒まるごと徹底的に掃除するとなれば丸1日必要だろう。佐伯の部活休みは明日まで。明日は氷帝も休み。せっかくの休みを掃除に費やしたくはない!!
 などと考えている間に、折原嬢はこちらへとかなり接近していた。
 「おはよう景吾君。早いのね」
 「そりゃ部活だからな」
 「テニス部だっけ? 頑張ってるのね」
 「よく知ってんな」
 「そりゃその鞄見たら他には考えにくいでしょ?
  ねえ、見に行ってもいい?」
 「見ても練習してるだけだぞ」
 「それでもいいわよ」
 「んじゃ勝手にしろ。見物人は別に珍しかねえよ。特に夏休み中だしな」
 「へえ。それはテニス部の? それともあなたの?」
 「知るかンなモン。興味はねえよ」
 「じゃ、とりあえず私は景吾君観察隊の一員になろうかしら」
 「ほお。
  どーでもいいがそのペースで歩いてくんなら置いてくぞ。部長自ら遅刻したかねーんでな」
 「こんなに部活って早いの?」
 「始まる前にやる事なんぞ山ほどあるからな。先行くぞ。どうせハイヤーで来たんだろ? そのまま乗って来いよ」
 「あ、ちょっと景吾君酷いー!!」
 (ウゼえ・・・)
 無視して走り出す。文句が来たら「ウォーミングアップだ」とでも言っておこう。
 それに・・・・・・
 ・・・・・・あまり佐伯にこういう場面は見せたくない。こそこそやるのはもっと嫌だが。
 走り過ぎながら、先ほど佐伯のいた門を見る。もうそこに佐伯の姿はなかった。







∞     ∞     ∞     ∞     ∞








 部活が始まる。かの女は本当に来ていた。ただの練習であるにも関わらず熱狂的な応援に圧倒されているようだ。
 さらに―――
 「よっ、みんな。久しぶり」
 「あれ? 佐伯さん。どうしたんですか?」
 「いや? ただ丁度こっち来ててな。久しぶりだし寄ってこうかと」
 「へー、珍しいじゃねえか。ンなトコいねえで入って来いよ」
 「いいのか?」
 「いーっていーって。今更『偵察お断りー!』とか言う仲じゃねーだろ?」
 「ま、確かにな」
 「んじゃ俺ら跡部呼んで来んな」
 「部長ー! 愛しの恋人来おったでー!」
 「おい!!」
 はやし立てるレギュラーら。その中心にいるのはもちろん話題どおりの人物。
 「・・・・・・。佐伯、てめぇ何でンなトコいやがる?」
 「別にいいじゃん。せっかくの機会なんだし」
 「よかねえよ。さっさと帰りやがれ」
 「・・・・・・・・・・・・。
  はーい」
 「あ、オイちょっと佐伯!!」
 「待ってくださいよ佐伯さん!!」
 「ンな来てすぐ帰る事あらへんやろ?」
 「でもま、部長命令だしな」
 「他校じゃねえか」
 「それでもその敷地内じゃ顧問の次にはエライだろ? 次からはちゃんとアポ取って訪問許可申請が受諾されてから来るよ。じゃあな」
 軽く手を振りバッグをかけ直しさっさと帰って行く佐伯。冷やかしのためにわざわざウェアに着替えて来た辺り根性を窺わせる。
 「何やってんだよ跡部!!」
 クレームを付けられる中で・・・
 「公私混同はしない、ですか。さすが跡部部長」
 「アイツぜってー掃除サボって来やがったからな。ったく、今日中に終わんねーと明日遊びに行けねえじゃねえか。さっさとやれよな。
  ―――んで? 何か言ったか日吉?」
 「いえ・・・。何でもありません」







∞     ∞     ∞     ∞     ∞








 時が経ち、部活が終わった(当たり前だ)。佐伯はあの後大人しく帰って行き、かの女は知らない内にいなくなっていた。練習など見たところで退屈なだけだろう。
 帰ってきた。門を開け扉を開け「ただいま」と挨拶をし、
 「お帰りなさい、景吾君v」
 「家間違った」
 「間違ってない間違ってない!!」
 なぜか出てきた折原嬢に再び腕を掴まれた。デジャ・ビュ―――しっかり2度目だとわかっている事をこうは言わないか。とりあえずこういうボケをかまして背中を向けた途端蹴りが入る対佐伯よりはマシな展開だ。
 「何でてめぇがここいやがる」
 「ちゃんとご両親の了解は得たわよ? 『一晩お邪魔させて下さい』って。
  ―――ですよね? 小父様、小母様」
 「景吾君もやるねえ。さっそく丁度いい相手
Getしてきたのかい?」
 「違げえよ! コイツが勝手に押しかけてきてるだけだ!!」
 「とりあえず、揉め事は連れて来ないでね景吾」
 「だったら入れないでくれ・・・・・・!!」
 ・・・・・・味方はいないらしい。もう人生に疲れた。
 (いっそ佐伯にでも匿ってもらうか・・・・・・いやアイツはまだ掃除中。ヘタに押しかけりゃ面倒なトコ全部押し付けられる。しかも少しでも嫌がりゃ即行追い返される・・・・・・)
 結局、痛む頭を抱え跡部は家へと上がり込んだ。どの家よりも他人行儀に映る我が家へと。







∞     ∞     ∞     ∞     ∞








 就寝時。窓から星空を眺め思う事は1つ。
 (そろそろ終わったか?)
 終わったらこちらに来る手はずだ。いや明確な約束はしていないがそれでもいつもの流れからすれば。防犯セキュリティーは完備しているが佐伯ならば容易く突破する。番犬ではないがマルガレーテも懐いているから吠えたりはしない。お互い適当にそう行き来し、夜はベッドと防音の都合上専ら跡部家の方で過ごす。
 メールでも送ろうかと携帯に手を伸ばす。この程度ならたとえ終わっていなくとも差し支えはあるまい。
 ストラップを指に絡め、引き寄せ―――
 がちゃり・・・。
 扉が開いたのは、丁度その時だった。





 「佐伯か?」
 呼びかけ、次の瞬間には違った事を悟る。人の意表を突く事が大好きな佐伯ならばたまには窓からではなく正面から堂々と侵入したりするかもとも思ったが、さすがにそれでも女装はしないだろう。というか女性化は。
 部屋は明かり1つついていない。あるのは月明かりと、廊下から洩れ入ってきた分だけ。明かりと共に入ってきたシルエットは、女性だった。影だけで断言出来るのは―――着ていたネグリジェが光を貫通させるほど薄っぺらかったからだ。
 光に目を潰されないよう細める。広げた時、もう彼女は部屋に入っていて。
 折原嬢が口を開く前に、跡部が冷たい口調を飛ばした。
 「『部屋に入る前にノックしろ』。そん位誰かに教わった事ぁねえのか?」
 「ないわ。みんな私の『訪問』は感激するもの」
 「俺はしねえ。さっさと出てけ。目障りだ」
 「酷いのねえ景吾君」
 蟲惑的な笑みを浮かべベッドへと近付いてくる折原嬢。さっさと立ち上がり、跡部は窓を閉めた。
 出て行こうとする跡部を、今度は軽く掴んで止めた。
 見上げ、笑みのまま問う。
 「塔の上のお姫様は白馬の王子様を待ってるの?」
 「何でこう、俺の周りのヤツは架空話が大好きなんだろーな」
 「あながち架空でもないからじゃない? 『仮定』と言って欲しいわね」
 「どっちだろーが実際じゃねえんだろ?」
 「つまり誰も待ってないと? それともあなたの方が王子様になりたいと?」
 「ほお・・・?」
 跡部が初めて視線を下ろした。なかなかに面白い会話の持っていき方だ。全てに対し
Yesと答えようがNoと答えようがこの部屋に居座る理由を得たわけだ。
 だからこそ、このくだらないやりとりにピリオドを打つ。
 「てめぇ何しに来やがった?」
 「今更訊くの? この格好見たら答えは1つでしょ? まあさっきの会話に続けるなら、
  ―――私はあなたの王子様になりに来た、かしら?」
 「ああ?」
 意味がわからない。やはりこの女とはウマが合わないようだ。
 折原嬢は構わず跡部の手を引き寄せ―――
 「私はあなたを助けに来たのよ姫。あなたはとても小さな世界で生きすぎている。だから一番身近な存在を『恋』と錯覚してしまう」
 「テメ―――!!」
 「大丈夫よ。一時的な気の迷いだから。あなたなら抜け出せる。私が抜け出させてあげる」
 ―――自分の胸に押し当てた。
 「ホラ、気持ちいいでしょ? ドキドキするでしょ? 『恋』っていうのはこういうのを指すのよ? わかるでしょう? あなたが今まで抱いていたのはただの―――」
 「うっせえ!!」
 どん―――!!
 今度突き飛ばすのには何のためらいもなかった。ベッドの上でバウンドする折原嬢。追いかけ、胸倉を掴み、
 「いいか? それ以上言うなよ? 俺達は―――」
 「――――――何なんだ?」
 現れた第3の声。先ほどまで自分が見ていた窓から、今度は自分が見られていた。
 窓枠から身を乗り出していた佐伯。にこにこ笑顔をこちらに向け、
 「掃除終わったって報告に来たんだけど、どうやら邪魔したみたいだな。悪いな気ぃ利かなくって。メールでも送れば十分だったしな」
 「おい待て佐伯!! 別に俺とコイツは―――!!」
 「まあまあ俺に構わずやってくれよ。すぐ帰るからさ。じゃあな景吾」
 「待―――!!」
 止める間もなく、佐伯はするりと身を躍らせ下りてしまった。
 急いで見下ろす。どういう奇術を使ったのだろう。もうそこに佐伯はいなかった。
 「クソッ!!」
 吐き捨てる盛大な舌打ちと共に、跡部は桟を横殴りした。八つ当たり。本当に殴りたい相手は後ろにいる。
 「景吾君・・・?」
 こちらの様子を窺うよう後ろからかけられる声へと、振り向かず言い放つ。
 「5秒以内に出てけ。出てかねえんだったら俺が強制的に追い出す」
 感情の篭らない声。逆にこちらの本気を感じ取ったようだ。カウントが終わる前に扉の開く音がした。懸命な判断だ。背中を向けたこちらに縋りつくような真似をしたら、そのまま窓から叩き落すところだった。
 「佐伯!!」
 窓から飛び降りる。裸足のまま、跡部は芝生の上を走っていった・・・・・・。







∞     ∞     ∞     ∞     ∞








 家から離れて―――と見せかけ、実は窓のすぐ下にあるちょっとした物陰にて。佐伯は座り込み、マルガレーテの頭を撫でていた。
 「お前はついてきてくれるんだな、マルガレーテ・・・」
 降りた時からずっと自分のそばにいた犬。何となく、この犬だけが彼女ではなく自分を選んでくれているような気になってくる。
 ぎゅっと抱き締める。頭のいい犬だ―――ペットは飼い主に似るからか、跡部家で飼っている動物達はみんな優秀だが―――、こちらの現在の気持ちも察しているのだろう。抵抗もせず、そして一声吠えれば走り去っていった跡部も戻ってくるというのにそれすらせず、ただぺろぺろと頬を舐めてくれる。
 くすぐったさに小さく笑い、
 「お前とこんな風にすんのもこれで最後、かな・・・・・・?」
 「―――生憎だがマルガレーテは数日前診断で『健康』のお墨付きをもらったばっかだ。事故にでも遭わねえ限りそう簡単にはいなくなんねーぞ。家はペット飼うのに不便な環境でもねえしな」
 上から降ってきた声。ゆっくりと顔を上げる。笑みを浮かべたまま、佐伯は言った。
 「やあ景吾」
 「よお佐伯。来ねえから迎えに来てやったぞ。ありがたく思いな」
 いたのは跡部だった。散々探し回り、ようやく気付いたのだろう。逆光にも律儀に汗が反射していた。
 「ははっ。そうだな」
 それだけで言葉を切り、上に手を伸ばす。跡部は抵抗なく絡まれてくれた。
 顔を寄せ合い、長々とキスを交わし・・・。
 「彼女ともやったのか?」
 「やってねえよ」
 「ホントに?」
 「俺のベッドで寝るのはお前だけで十分だ」
 「・・・お前も寝ろよちゃんと?」
 「ったりめーだ!!」
 「じゃあ――――――うあっ?」
 何か言いかけた佐伯。抱え上げられ、台詞は強制終了を喰らった。
 決してお姫様だっこではなく俵を抱えるように佐伯を肩に担ぎ上げ、跡部は後ろを向く彼に見えるか不明な感じでにやりと笑った。
 「これから証明しに行くんだろ?」
 「・・・・・・・・・・・・。何かヤな感じー」
 「ンな照れんなよ」
 「誰がだよ」
 「もちろんてめぇがな、佐伯。耳赤いぜ?」
 「見えるワケないだろこんな暗くて」
 「否定しねーって事は実際照れてんだな?」
 「ぐっ・・・。何かお前生意気になってきたぞ」
 「日々散々てめぇに揉まれてるモンでな」
 「そんな揉むだなんて恥ずかしい//」
 「どーいう意味で受け取った!!??」



―――中篇1








∞     ∞     ∞     ∞     ∞


 さて出ました使い捨ての嫌われ役。【
Fantagic Facter】の神野美恵嬢といい彼女と言い、なぜ嫌われキャラは跡部に懐く(笑)のか。答えは多分、跡部の身の引きが早すぎるからでしょう。これ、彼女が懐いたのがサエの方だったら跡部があっさり身を引きここでもう終わっていたと思います。いやサエがそんな跡部を許さず拉致監禁そして殺傷か・・・。さすが束縛スキーはやる事が違う!! なお彼女、跡虎につき後編で救われはしません。とことん嫌われます。なにせ邪魔者ですからv
 この話はまあ、最初に述べました通り捨てられる(誤)サエがヲトメちっくかという、一歩間違えずともサド根性で出来たようなものですが、ここまでで裏テーマは『跡部が如何にサエを愛しているか』です。モノローグ的場面でサエのために割く行多すぎです跡部様・・・・・・。

2005.5.89