何とか2人でのデートを果たし、佐伯は帰っていった。
 見送り、次会えるのは〜・・・とさっそく未来に思いを馳せる跡部。その脇では、
 「これで2人っきりね、景吾君v」
 最早頭から完全にしめ出していた人物が、こちらの腕を取りにっこりと笑っていた。





Priceless Pride
          〜プライドの価格〜






中篇―――2


 ≪ねえサエ、最近跡部と仲良く・・・してるよね? ごめんね。変なメール送って≫
 ≪大変やで佐伯! 跡部が知らん女とおるわ! さっそく成敗せな(笑)!!≫
 ≪ちょっと聞けよ佐伯ー! 跡べーのヤツ、ヘンな女と腕組んで歩いてんだぜ!? やっぱアイツタラシじゃねえの!?≫
 ≪んふふふふふふ。佐伯君、ついに君も振られる日が来ましたね。信じられないですか? ではその証拠写真をお送りしましょう≫
 ≪サエさん大変! 今日打ち合わせに東京行ったら跡部さんがいたよ!! なんか女の人と楽しそうに話してた!!≫



 世の中おせっかいな友人というのはいるものだ。それ自体が悪いとは言わない。何か悩みがあった時には相談しやすいし、落ち込んだ時には彼らの態度は励みになる。かくいう自分もおせっかいめを目指している。
 が―――





 「わかってるよそんな事しっかりと!!」





 がしゃん―――!!
 佐伯は、そんなメールが山ほど届いた携帯を壁に叩きつけた。







∞     ∞     ∞     ∞     ∞








 「・・・・・・繋がんねえ?」
 携帯の液晶画面を見ながら、跡部は眉を顰めた。メールも電話も、何をやっても全て返ってくる。
 「着信拒否されたんじゃない?」
 こちらは風呂上りで部屋にやってきた折原嬢―――断じてやましい事をやっているのではない。勝手に入ってくるだけだ―――が笑いながら言ってくる。
 「そりゃねえだろ。
  ―――どーせまた料金払わねえで解約されたんだろ。ったくしゃあねえなあ」
 ぼりぼりと頭を掻く。固定電話もパソコンもない佐伯家では、携帯が通じなかったら連絡手段が無い。手紙でやり取り(もちろん返信用封筒込み)も出来るがそこまでして何か言いたい事があるのでもない。両親経由で取ってもいいが、それだと散々からかわれた上仲介料などといっていくら取られるかわからない。自分ならともかく佐伯の方にそれが回されると、今後2度と取ってもらえなくなるだろう。
 「あるいは番号もメアドも変えたのに教えてもらってないとか」
 含みを持たせた折原嬢の言葉。つまり彼女は自分が佐伯に愛想つかされているんじゃないかと言いたいらしいが・・・
 「意外とそうかもな」
 あっさり頷く跡部にきょとんとした。もちろん肯定したワケではない。ただ―――
 (知らせんのに携帯使ったら金かかるしな。だったら次会った時に教えりゃいいだけだし)
 佐伯はこういう考えの持ち主だ。3円安いキャベツを買うのに隣町まで自転車をかっ飛ばす派だ。自分としてはそれに費やすエネルギーと時間の方がもったいなく感じるのだが・・・・・・。
 (ったく。んじゃどうやって次会う段取り決めりゃいいんだよ・・・・・・)
 まあ佐伯の事だ。予告なしでふらりと来るのも珍しくない。それに向こうが来なければこちらが行けばいいだけの話だ。
 楽観的に考える跡部はもちろん知らない。





 ――――――佐伯がもう誰の話も聞きたくないと携帯を壊した事は。







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 「・・・で? 何でてめぇがついてくんだよ」
 こんな事を口にするのも何度目か。今日もまた懲りずについてきた折原嬢は、見るだけでぶん殴りたくなるいつもの笑みでこんな事をホザいてきた。
 「あら? 佐伯君となら私も知り合いだし? 久しぶりに会いたいわ」
 (コンクリ詰めにして東京湾にでも沈めてくるか)
 ・・・だいぶ佐伯の思考が移ったらしい。8割方本気で考える。
 無視し、佐伯の家のチャイムを押した。
 『はーい』
 扉の向こうから聞こえてきた返事。インターフォンなどという高級物件ではなく正真正銘ただのチャイムのためこの辺りはご愛嬌だ。
 がちゃりと出てきた。佐伯―――の母親が。
 「あら景吾。久しぶり」
 「お久しぶりです。佐伯います?」
 「虎次郎なら部活の友達と海で遊んでるわ」
 「そうですか。ありがとうございます」
 お辞儀をし、さっさと去ろうとした跡部。その背中に、声がかけられた。
 「いい彼女出来たのね。おめでとう」
 振り向く。声にも顔にも、何の感情も見て取れなかった。
 軽く一礼し、今度こそ跡部は佐伯家を後にした。折原嬢を連れ。





 家の掃除をする。息子の部屋もまた。
 壁に出来た傷―――佐伯が携帯をぶつけてつけたそれを、遠目にじっと眺め、
 かの母親はぽりぽりと首筋を掻いた。
 「修理代、景吾に請求しようと思ったけど――――――――――――どうやら無理そうね」







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 言われた通り海へ行く。六角のそばにある海へと。
 浜辺にて、確かに彼らは遊んでいた。
 「サエ! そっち行ったぞ!!」
 「よし任せとけ!! これでお昼はカニの刺身〜―――痛てっ!」
 「あーあ。何やってんだよお前」
 「大群だったらそう先に言えよ! 1匹かと思っちまったじゃないか!」
 「まあまあサエさん。いいじゃん。これでいっぱい食べられるよ?」
 「それもそうだな」
 「そうやって欲張るからしっぺ返しがくるのね」
 「自業自得だな」
 「お前らまでそう言うのかよ! 捕っても分けてやんないからな!」
 「・・・・・・どこのお子様だよお前」
 何やら楽しそうな彼ら。その中心で、佐伯は本当に楽しそうに笑っていた。
 (ンだよ。そっち取んのかよ)
 携帯は相も変わらず繋がらないままだ。だからすぐ来てくれるものだと思っていたのに。来なくとも、待っていてくれるのだと思っていた。互いの予定は互い以上に把握している。この日はお互い空いていると、知っていたから選んだというのに。
 ため息をつき、跡部は踵を返した。





 「ねえ、アレって・・・」
 「いいのかよサエ?」
 「え? 何がだ?」
 「だからホラそこ、いんの跡部じゃねえの?」
 「お前に会いに来たみてえだぜ?」
 「跡部が? まさか。いるワケないだろこんなトコに。
  いたとしてもどうせデートだろ? 夏場の房総なら丁度出かけるスポットじゃん」
 「やっぱサエ―――」
 「さ、お昼も確保したしひと泳ぎしてくるよ。ずっと日に当たっててさすがに暑い」
 立ち上がり、海へ向う佐伯。黙って見送ろうとする一同の中で、
 黒羽が自分もまた立ち上がり、ぱんぱんとついた砂を払った。
 「んじゃ俺も行くか。暑ちいし」
 「バネさん・・・・・・」
 呟く佐伯の目が揺れて見えたのは多分光の屈折率が変わるからだろう。表面に溜まった涙で。
 全て無視し、にっと笑う。
 「向こうのブイまで競泳しようぜ。負けた方がアイス奢りな」
 「へえ・・・」
 佐伯が目を伏せさせる。瞬きした弾みで落ちる雫。落ちきった時にはもう佐伯は顔を上げていて。
 口元を小さく吊り上げ、
 「俺は負けないよ?」
 「言ってくれんじゃねーか。んじゃ行くぞ!」
 「あ、待てよバネ!」
 「俺たちも行くのね!」
 「置いてかないでよ〜!!」



―――中篇3