「ああ? てめぇ帰んねえのか?」
 「ここ来るの初めてだもの。もうちょっと見て回りたいから。
  あら? 景吾君、私が一緒に帰らないと寂しい?」
 「バカか」





Priceless Pride
          〜プライドの価格〜






中篇―――3


 夕暮れを背に跡部を見送った折原嬢。その足で、先ほど案内された佐伯家へと向う。
 ぴんぽーん。
 「・・・あら」
 「再びこんにちは。虎次郎君、帰ってらっしゃいます?」
 「ええ。ちょっと待ってね」
 玄関で暫し待たされ―――
 「お久しぶりv 佐伯君」
 「・・・・・・ああ」
 佐伯が出てきた。さほど驚かれもせず頷かれ、確信する。彼は自分たちに気付いていた、と。
 「で?」
 眠そうに目を細め問われる。本当に眠いのではない。泣き疲れ、腫れぼったい目を開けにくいだけだろう。
 対照的に、折原嬢はにこにこ笑ってみせた。
 「この間聞いたと思うけど、私景吾君と婚約したの」
 「ああそう。聞いたよ」
 「ねえ、私たちって釣り合うと思わない? 家柄や育ち方はもちろんだけど、見た目と中身もね。あの跡部家の夫人になるのなら、どちらもそれ相応に良くないと相応しくはないでしょう?」
 「へえ。なら随分悪い事したな。アイツが夜だらだらしながら何食ってるか知ってるか? 一流パティシエが作る芸術作品ならぬなんと1個
21円以下のチロ●チョコだ。いろんな種類があって面白いって俺が勧めて以来アイツがハマった。その他いろいろ、景吾には跡部家次期当主として相応しい何かが欠け落ちてると思うけどね」
 「大丈夫よ。私が直してあげるから。実際私が一緒に寝るようになってから、景吾君食べなくなったものそんなわからないもの」
 くつくつと、おかしそうに肩を震わせる折原嬢。佐伯の顔をしっかり見て、
 「私とあなた、景吾君と結婚するならどっちが相応しいのかしら・・・ね?」
 「そりゃお前だろ」
 「え・・・・・・?」
 即答だった。
 今度肩を振るわせたのは佐伯。耐え切れず、顔を押さえはははははと大笑いしだした。
 「だって日本じゃ男同士は結婚出来ないもんな。比べるまでもないだろ。けど―――
  ―――それ以前にお前はともかく景吾まだ
14歳だぜ? 俺もお前もどっちも出来ないっての。1から勉強やり直せバーカ」
 「そんな事は最初からわかってるわよ! 今すぐするとは言ってないでしょ!? あなたの方がバカじゃないの!?」
 当たり前の事で笑い飛ばされ、折原嬢の機嫌が一気に下降した。
 佐伯の笑いがぴたりと止まる。
 「で、用はそれだけか?」
 折原嬢の怒りもぴたりと止まる。薄く笑い、
 「だから―――あなたも『恋人』に入れてあげましょうか?」
 佐伯へと軽くキスをした。
 そのまましなだれかかり、彼の頬をゆっくりと撫でる。
 「景吾君もだけど、あなたも随分綺麗だもの。そのまま手放すのは惜しいわ。どう? 私のものにならない? 大丈夫。ちゃんと養ってあげるから」
 潤んだ目で見上げられる。目同様、潤んだ唇を見下ろし、思う。



 ―――跡部とももうしたのだろうか、と。



 乾いた唇に触れる。随分ご無沙汰だ。こちらは1人ではどうしようもないのだから仕方ない。
 折原嬢がとんとんと自分の唇を弾いている。誘われるまま、唇を合わせ・・・





 ぎりっ・・・
 「痛っ・・・!」
 どん!!





 思い切り噛んでやる。いい気味だ。これで跡部とも暫しキスはお預けだ。
 突き飛ばされる―――前に突き飛ばしてやった。細身に見えようがこれでもテニスでというより日常生活全般で鍛え上げられた身だ。軽い彼女の体は、割と広めの玄関を抜け扉の外まで吹っ飛んだ。
 「何すんのよ!!」
 見上げる折原嬢を見下ろし、
 「俺はお前に興味ないし綺麗だとも思わないしむしろ手放せて嬉しい限りだ。現在のところ俺を養ってるのは親だからお前の援助はいらない。じゃあな」
 それだけ告げ、扉に手をかける。起き上がった折原嬢は、「畜生!」と、それこそお嬢様に相応しくない捨て台詞を残して去っていった。
 いなくなるまで見送る事もなく、
 ばたん
 佐伯は風圧を無視し勢いよく扉を閉めた。閉め、
 「扉壊さないでね」
 すぱ―――ん!!
 「うおっ・・・!!」
 どがっ!!
 後ろからスリッパではたき倒され頭から激突し、再び開いた。





 玄関脇で、佐伯は濡れた唇を舐めてみた。甘ったるいリップクリームの奥に馴染んだ跡部の味が―――するワケはなかった。
 台所からふらりと現れた母親。なぜか片手に袋を持ち、
 「塩撒く? 
10011円ね」
 「んじゃ撒くか。
1kgぐらいよろしく」
 「了解。
127円ね」
 「ちょっとタイム母さん。明らかに額高いだろ?」
 「消費税よ」
 「家内でのやりとりに何で国が関わって来るんだよ。それに消費税ついたってせいぜい
116円だろ? 15%は多すぎる」
 ちなみにこの2人は計算機など持っていない。この程度の計算、空で出来なければこの地域では生活できない。
 佐伯の至極当然な訴えに、母親はしれっと言ってのけた。
 「将来的にそうなるだろう事を見越して」
 「そういう婉曲な嫌がらせは議員にしてくれ!!」





 2時間半ほどの問答の後
1kg116円で許してもらえた頃には、佐伯は購入した目的を忘れていた。
 「まあいいや。とりあえず家の周りにでもばら撒いておくか。悪霊避けにもなるし」
 適当にばら撒く。ちょっとお相撲さん気分でいってみると気持ちいい。
 「虎次郎ー。夕食ー!」
 「はーい」
 呼ばれ、戻る。帰っていた父親(丁度帰ってきたところで出会ったのでもちろん塩をかけておいた。逆にかけ返されたので雪合戦ならぬ塩合戦となった)も混ぜて3人で食卓を囲み―――
 「・・・・・・味、ないんだけど」
 「だって虎次郎が塩全部持ってっちゃったんだもの」
 「うちにある全部だったのかよアレ・・・・・・」
 「という事だから、2人が食卓の上でツイストダンスでも踊ってくれると味がつくわよ」
 「すっげーマズそう・・・・・・」
 「やっぱ中年男性の高血圧は問題になってるから、僕はいいや・・・・・・」
 「じゃあ虎次郎、曲はどれにする?」
 「・・・・・・・・・・・・わかったよ。買ってくるよ」



 ―――結局二重損になった。しかもそうそう都合よく割り引きセールはやっていないため、必要以上に。







∞     ∞     ∞     ∞     ∞








 跡部家へ帰ってきた折原嬢。さっそく跡部に爆弾を落とした。
 「さっき佐伯君に会ってきたの。彼にキスされたわ」
 「・・・・・・・・・・・・」
 無言で跡部が近付く。
 「景吾君もやってみる?」
 腰を抱き、差し出された唇へ顔を近付け、
 「―――いや遠慮しとくぜ」
 「何で?」
 「その唇じゃ痛てえだろ?」
 くっくっくと笑った。どうせ無理やり迫って返り討ちに遭ったのだろう。いい気味だ。
 ついでに別れる口実が出来た。浮気性は嫌いだ。それを理由に別れようと千石に押し付けたのだが、まさか本人から乗ってくれるとは。しかも証拠まで残して。
 その旨を告げようとしたところ、
 「じゃあ景吾君、代わりに1つ、私と賭けしない?」
 「ああ?」
 「これから私は佐伯君に、あなたと別れるよう話を持ちかける」
 「てめぇ・・・」
 「まあ待って。佐伯君が受けたら私の勝ち。景吾君は佐伯君を諦めて私のものになる。断ったらあなたの勝ち。私は身を引くから後はご自由に」
 折原嬢の説明―――賭けの内容を頭でよく吟味する。一番のポイントは事態が進む事。いつまでもこのままずるずる行っていても仕方ない。
 「どうする?」
 問われ、
 「いいぜ。乗ってやるよ」
 跡部はにやりと笑った。
 確認し、折原嬢も影でにやりと笑う。もちろん跡部には何も言っていない。わざとずっと付きまとい佐伯にプレッシャーを与えた事も、佐伯がこちらを見つけ泣いていた事も、そして―――こちらに隠し兵器がある事も。
 (話を持ちかけるだけ、とは言ってないわ。人の話はよく聞きましょうね景吾君)





 折原嬢がいなくなり、跡部はほっ・・・と一息ついた。今や、自分の部屋は最も疲れる場所と化した。
 (佐伯がいた時ぁ戦場だったのにな・・・)
 ・・・・・・どっちの方がいいのか聞かされる側はかなり判定に苦しむだろうが、まあそこは話の流れを汲み取り、戦場の方が良かったというのを理解してあげよう。
 こきこきと肩を鳴らし、
 「やっぱ疲れた時きゃ、糖分補給か」
 跡部は、部屋を抜け台所へと向かった。最近めっきり暑くなってきたおかげで冷蔵保存していたのだが、おかげで部屋を出るいい口実となった。



―――後篇








∞     ∞     ∞     ∞     ∞


 さー罠にかけられた跡部と佐伯。2人は無事切り抜ける事が出来るのか!? それとも嵌ったまま終わるのか!? とりあえず、話のテンションの上下差が激しいのは、書いててサエの不幸さに苛立つからですね。なお佐伯家。女性だけではなく男性陣も立派におかしかった事が証明されました。あれ・・・? お父さんは普通の人のハズだったんじゃ・・・?

2005.5.1114