決戦の場は、折原家所有の別荘となった。





Priceless Pride
          〜プライドの価格〜






後篇―――


 その日の深夜、折原嬢に連れてこられたのは小洒落た別荘だった。
 「ここ、夏にバカンスで来るの」
 「はあ〜・・・」
 呻く。普段使わない家を持つなど、自分にはとても信じられない行為だ。維持費だけでいくらになる? 金をドブに捨てるような真似ではないか。
 「じゃあどうぞ、景吾君」
 中に通され、跡部は眉を顰めた。
 「ここ使うのいつ振りだ?」
 「1年ぶり。ごめんね汚くて。いつもなら来る前に管理人に掃除とか頼むんだけど、今回は極秘で・・・だからね」
 「別にそりゃいいが・・・」
 「で、使うのはこの部屋」
 案内されるまま部屋を見渡す。さほど広くもない部屋。どうやら別荘の中心部にあるらしい。窓一つないおかげで、つけられた明かりがなければ真っ暗だっただろう。
 (んで、コレが窓の代理だ、ってか?)
 壁の一辺にかけられた絵画。とても名画には見えなかった。というか・・・
 「・・・おかしくねえか? この絵」
 「あ、わかる?」
 いたずらっ子のような笑みを浮かべる彼女に、今度は隣の部屋を案内された。隣の―――どう見ても物置にしか見えない部屋。
 「さっきの絵画ね、ちょっと違うけどマジックミラーなの。こっちから向こうの様子よく見えるのよ」
 「・・・・・・何でンなわかんねえモン取り付けてんだよ」
 「さあ? 父さんの趣味みたいで。この別荘も父さんが設計したの」
 「・・・・・・・・・・・・。ああそうかよ」
 普通ならきっとここはもう少し掘り下げた方がいいのだろう。が、
 (世の中変わった親父は多いからな。ウチにしろ)
 ―――跡部の中では、この程度は『平凡』として流された。
 「明日はここで見ててね」
 「まあ、わざわざ見るまでもねえたあ思うけどな」
 「で―――」
 部屋から出てきた。折原嬢の目が輝いている。
 「今日は、私たち2人だけなんだけど・・・・・・」
 「どっちか殺されるともう片方のアリバイが立証出来ねえな」
 「そうじゃなくって!!」
 「オラさっさと佐伯呼んで来いよ。千葉まで行くのに時間かかんだろ?」
 「・・・人使い荒いのね、景吾君」







∞     ∞     ∞     ∞     ∞








 次の日の朝。折原嬢に連れてこられたのは小洒落た別荘だった。
 「ここ、夏にバカンスで来るの」
 「ああそう」
 返事する。彼女の家は金をドブに捨てても別にいいのだろう。自分の事ではないので気にしない。
 「じゃあどうぞ、佐伯君」
 誘われ、佐伯は中に入り込んだ。窓1つない部屋。人を監禁するにはぴったりだ。
 そんな事を考える。用事はもちろん違うだろう。彼女にはただ、「景吾君の事について話したい事があるの」と呼び出されただけだ。
 部屋に入ったのは、折原嬢、自分、そして、彼女の秘書か執事か何かとりあえず運転手。手に持っていたアタッシュケースを、部屋の中に唯一ある家具・・・一脚の丸テーブルに置いた。
 「で? 話って?」
 来る前から大体予想はしていた。昨日の今日で出る話。しかもそれモンのアタッシュケース。
 ―――どうせ跡部と別れてくれというのだろう。もちろんアレの中身は手切れ金。大きさから見て1億といったところか日本円なら。元は自分を養うとまで言い出していたのだ。この程度は安いのだろう。
 冷静にこんな事を思う佐伯。実は様々なバイトを経る中で、高額を手にする機会はよくあったりするのだ。ただし文字通り『手にする』―――せいぜい持ち運ぶか数えるかする程度だが。
 「まあ、予想はついているでしょうから単刀直入で言うわね。景吾君と別れてくれないかしら?」
 「断る」
 「これでも?」
 付き人がケースをぱかりと開く。こちらに向けられたその中身は、もちろん諭吉さんの束だった。
 ガタ・・・
 部屋の脇―――丁度ヘタクソな絵画が飾られている壁の向こうから、物音が聞こえてきた。





 折原嬢が入り、佐伯が入り、そして昨日は自分を乗せてくれた運転手が隣の部屋に入ってきた。運転手の持つアタッシュケースの中身が札束だとすれば、わざわざその部屋の中心にわざとらしくテーブルなど配置した意味がよくわかる。
 昨日の折原嬢の様子から、何となくフェアな勝負はしないだろうと予想はついていた。佐伯が別に金持ちでもないのは少し調べればすぐわかるだろうし、貧乏性らしいのは自分との会話で推測ついただろう。わざわざ話し合いにこんな、誰にも見られないところを選んだのは、そんなもののやり取りをするからだろう。もちろん何か悪い事をしているのではない。それでも、正式な手順を踏まない大金のやり取りというと、そこに犯罪の臭いがしてくるのはどうしようもない。
 いろいろ不利な要素が付きながら、それでも跡部が
OKを出した理由。
 佐伯ならそれも蹴るからだ。佐伯は金に意地汚いがそれ以上にプライドが高い。1億円程度で自分を売るほど安っちくはない。
 話が進む。ケースが開けられた。やはり中身は現金。息を潜め、鋭い目つきでミラー越しに佐伯を見つめ・・・
 ガタ。
 ばふっ・・・・・・
 「!?」
 上から何かが降ってきた。粉塵が撒き上がる―――イメージとして。明かりをつけると向こうに光が入るため、こちらはほとんど真っ暗なままだ。かろうじてぼんやりと通る向こうの明かりも、撒き上がった粉で余計ぼんやりとなった。
 咳き込みかけ、必死に堪える。
 (ここまで埃溜めんなよな・・・!!)
 粉塵爆発でも起こりそうな濃度の粉。無駄と知りつつ手でぱたぱた払い、口に入った分を唾と共に吐き出そうとして―――
 「・・・・・・あん?」
 唇を舐める。そこにも少しついていた。
 手をミラーに翳す。薄ぼんやりの明かりに粉を透かし・・・
 「・・・・・・なるほどな。そういう事か」
 跡部は1人、静かに呟いていた。





 「ここに1億円あるわ。景吾君を譲ってくれたらあなたにあげる。どう?」
 折原嬢の言葉に、佐伯ははっと視線を上げた。彼女からしてみれば、1億円を前に呆気に取られていたように見えただろう。実際はもちろん違う。
 (あの絵画・・・・・・やっぱマジックミラーか)
 これまた幅広いバイト生活にて―――ではない。移動の多い生活を続ければ1度や2度はこの手のものを見かける。フィルターを張り、中からは普通に見えるが外からはフィルターに描かれたものしか見えないというもの。電車だの飛行機だのではお馴染みのそれ。宣伝かイラストの一部がはみ出たかしたあたりがよくあるパターンだが、なるほど確かに全面隠せばマジックミラーと同じように使える。
 まだただの壁の一部だったりしたら騙されたかもしれないが・・・・・・一切凹凸のない油絵などという、模写としても最低レベル、カレンダーの絵以下にしてそれを飾っているヤツがいたら自分と同類だ(笑)と感涙むせび泣ける物件がよりによって金持ちの家に飾ってあるのだ。よっぽど金持ち一同に見る目がないのか、
 ―――さもなければ別の意味があるからだろう。向こうから物音までしてくれば決定だ。
 確認を込め、1つ尋ねる。
 「この話、景吾も知ってるのか?」
 「もちろんよ。彼は一切反対しなかったわ」
 「そうか・・・」
 小さく小さくため息をつく。カラクリは全部読めた。跡部はこの向こうで自分たちを―――自分を見ている。試している。
 どうせ跡部がこの話に反対しなかったのは、自分なら断るだろうと確信していたからだ。だが・・・・・・
 心の中で笑う。ああ可笑しくてたまらない。
 (これが、『金持ちの戯れ』ってモンかね・・・・・・)
 跡部は違うと思っていた。跡部は自分を、1人の人間として愛してくれているのだと思っていた。
 自分はそうだった。跡部を金持ちだからではなく、自分にとってただ1人の存在として愛していた。
 跡部が自分を試す。これも愛情ゆえか? それともただのお遊びか? わからない。どっちなんだ?
 (どっちにしろ、俺はアイツに馬鹿にされた、と・・・・・・)
 自分だけが愛されないと嫌なのだ。我がままだとそしられようと、それでも『大勢の中の1人』として愛されたくはないのだ。跡部もそれをわかっているはずだ。だから彼は自分と他の者の間に明確な一線を引いてくれた。はっきりとしたものではなくとも、ちょっとした態度に、仕草に、言葉に。
 今はどうなのだ? 彼女の案に乗せられた? それで自分を遊びの駒にした?
 自分と彼女を同格―――いや彼女の方を重く見ている証拠ではないか。自分が彼女に操られ踊る事を許可したなど。
 これで自分が断ったとするだろう。跡部を選んだとするだろう。跡部は喜び、自分を受け入れる。そして―――
 ―――これからもそれを繰り返す。直接向けられる「愛している」の言葉より遥かに真実味を帯びたこのゲームを。1度嵌ったら抜け出せない。勝った陶酔感は麻薬以上。
 その度に自分は駒にされる。された屈辱を理解しもせず。
 「どうかしら?」
 促され、佐伯はゆっくりと手を伸ばしていった。本当にゆっくりだったのか、それとも引き伸ばされた感覚が見せた錯覚か。どちらにせよ、考える時間は十分あった。
 受け取ってしまおうか。今とこれから―――未来の跡部を売って1億円。いい売り物ではないか。もっと引き上げるという手もあるぞ?
 丁度いい機会かもしれない。跡部に群がる女など山ほどいる。その度にこんな思いをするのか? 今はまだ、結婚だの何だのを遠い先の事だとロクに考えてもいないが、もしもう少し年齢が上になったら? 跡部だってその辺りの事も考えるようになるだろう? そして何も生み出す事の出来ない自分たちの関係に疑問を持ち始めるだろう。



 ―――ナゼジブンタチハジブンタチヲエランダ?



 「愛し合っているから」と、何も考えず言えるのはいつまでだ? それとももう言えないのか?
 (なあ景吾、何でお前は止めてくれない?)
 向こうからの気配はまだ何の変化も見せない。向こうから現れ、「俺を選べ佐伯」と言ってくれたなら。そしたら自分はこんなもの見向きもせずその胸に飛び込むというのに。
 跡部が息を潜め、折原嬢が勝ちを確信した目で見守る中、
 佐伯は金を―――







受け取らなかった 〜Happy End      受け取った 〜Bad End













∞     ∞     ∞     ∞     ∞


 
Bad Endは本気で不幸な終わりです。なのであまりそういうものが好きではない方にはちょっと〜・・・・・・。一応結果的には幸せといえば幸せなのでしょうが、考えて書いていて自分でも嫌になったくらいですから。それでもあげたのは、総合的にはこっちの展開も気に入っているからなんですけどね。なのでオススメの読み方としては『受け取らなかった』で一度ほっと気分を落ち着かせてからこちらを読み、その後ムカつく気分を『おまけ』で解消しましょう。そうやって私は乗り越え、そしてそのためにおまけはやったら多いです。もちろん今この―――かなり苛立っていると思われるご気分のままBadの方へ進まれても結構です。ですがもし! ご気分が悪くなられた場合は他の話を! バカ話揃い率にかけては自信があります!! 決して不快なまま終わらせるなどといった真似は致しませんので・・・!!!
 なおこの話、本筋は
Happyの方で、Badは派生話です。なのでいろいろつじつま合わせはHappyの方にあります。

2005.5.14