佐伯は金を―――





Priceless Pride
          〜プライドの価格〜






受け取らなかった 〜
Haappy End


 伸ばした手が、札束に触れる―――寸前で。
 佐伯は袖裏に隠していたマッチを片手で擦り、そこへと投げ込んだ。
 「な・・・!?」
 驚く多分3人。1人平然としたもので、佐伯は勢いよく回る火をのんびりと眺めていた。
 「おー、さっすが1億円。燃える時も景気いいな〜」
 「何やってるのよあなた!!」
 「1億円燃やした」
 「それはわかってるわよ!! どういうつもり!?」
 詰め寄ろうとし、火を前に慌てて身を引く折原嬢。問われ、佐伯は大爆笑した。
 「『どういうつもり』? 見たまんまだろ? 他にどんな意味があるんだ?」
 「これじゃ呑めないって言うの!?」
 「当たり前じゃないか。俺は金は好きだがそれ以上にプライドが高いんだよ。馬鹿にされるのは大っ嫌いだ。
  ―――なんで1億ごときで景吾を渡さなきゃいけない?」
 「なら、いくらならいいって言うの・・・?」
 「そうだなあ〜・・・」
 悩み込む振りをして、
 今度は切れ味鋭いナイフを取り出した。マッチ・ナイフ、そしてビニール袋。これらは佐伯が
15年弱生きていて見出した、『何かと役に立つ3点セット』だ。尤も周りに言わせれば『お前が持つと犯罪道具3点セット』だそうだが。
 (今回はそっちが当たったワケだ)
 冷静に考えながら、邪魔な1脚テーブルを脚で蹴り飛ばす。燃える札束は上質そうな絨毯を転がり、さらに燃え広がっていった。これでまず放火。
 燃える炎を、佐伯がその瞳に捉える。内側にポッと燃え立った炎は果たして見ているそれが映っただけなのかそれとも・・・。
 顔中で笑みを浮かべ、ナイフを掲げ、
 「金じゃダメさ。俺が欲しいのは―――





  ―――景吾の永遠」





 そう言うと、佐伯は己の体にそれを突き立てた。
 「ひっ・・・!!」
 いきなりの行為に折原嬢が息を呑む。ナイフを引き抜けば溢れ出した血に悲鳴を上げ―――全て佐伯の哄笑に掻き消された。
 狂ったように笑い続ける佐伯。そもそも狂っていなければこんな行為には踏み切れないか・・・と頭のどこか、今だに冷静な部分で考える。
 「景吾が欲しいならくれてやるさ! 結婚でも何でもすればいい!
  だが覚えておけよ! お前らの『幸せ』は俺の埋まる土の上で成り立ってるって事をな!! たとえお前は忘れたとしても、景吾は永遠に覚えてる!! アイツはそういうヤツだ!! 俺という十字架を永遠に背負い続けるのさ!!
  これが俺の望みだよ!! こうやって、俺は景吾と永遠を共にする!! 景吾は永遠に俺に囚われ続ける!!
  お前には渡さないよ・・・・・・」
 ぞっとする声音。腰を抜かし、がくがく震える折原嬢に、佐伯が引き抜いたナイフを振り上げた。
 「お嬢様!!」
 運転手が間に割って入り、そして―――










 「佐伯!!」










 間一髪、隣の部屋から絵画風覗き窓を破って割り込んできた跡部が、佐伯を後ろから抱き込んだ。
 「景、吾・・・・・・?」
 腕の中で、硬直する佐伯。もう二度と逃さないようきつく抱き締め、跡部は佐伯の耳元に囁きかけた。
 「大丈夫だ。俺はずっとお前と一緒にいる」
 呪文のように、子守唄のように。何度も、何度も。
 「景、吾・・・・・・」
 佐伯の手から、ナイフが落ちた。
 糸が切れたマリオネットのようにだらりと力を抜く佐伯。振り向かないまま、跡部の腕に自分の手を重ねた。
 「お前は、俺のものだよな・・・? なあ景吾・・・。お前は俺といてくれるんだよな・・・・・・?」
 弱々しい呟き。それでもしっかり聞き取り、
 跡部は嬉しそうに微笑んだ。
 「お前は俺を選んだ。俺はお前のものだ。でもって・・・・・・
  ・・・・・・お前は俺のものだ」
 「そ、か・・・・・・」
 ずるずると、佐伯がしゃがみ込んだ。抱き込んだまま、跡部も膝をつく。
 跡部の腕の中。一番安心できるそこで、
 佐伯は初めて泣いた。心の奥底から・・・・・・。















∞     ∞     ∞     ∞     ∞








 泣き疲れて、とろとろとする。全身を包み込む温かさ。頭を撫でられ気持ちいい。
 ぼんやりと、目を開けた。周りを包む炎。他の者は逃げたらしい。部屋に残っているのは自分たちだけ。
 「なあ景吾。これからどうしよっか、俺たち・・・・・・」
 呟くと、頭の上から声が振ってきた。
 「さあな。お前はどうしたい?」
 「俺が決めんのか?」
 「俺はお前についていくんだろ?」
 くっくっくと笑い声が広がる。肩から、全身へと震えが伝わった。
 思い出す。そういえばそんな事も言っていたか。ずっと一緒だと、信じて疑わなかったあの頃。無邪気にそう言う自分に彼もまた応えてくれた。
 「じゃあ―――」
 首を上に傾ける。見つめ合い。
 佐伯は小さく笑った。










 「このままでいようぜ?」










 未来永劫に一緒だなどと誰も保証は出来ず、死んだ事はないから死んでも共にいられるかなんてわからない。
 だが今なら。炎に包まれ、燃え盛る世界に自分たちは間違いなく2人だけ。もう他に誰もいらない。もう他の誰に取られる心配もない。










 「ずっと、一緒にいよう、景吾・・・・・・」




















 見つめられ、
 跡部もまた、微笑んだ。










 「そうだな」




















 佐伯が腕の中で体勢を変えた。抱かれたまま、体を捻り向き直る。
 絡め取るように、跡部を抱きしめる佐伯。跡部も抱き寄せ正面で見つめ合い。










 「愛してる、佐伯」

 「俺も。大好きだよ、景吾」










 互いに囁く、己の偽りない気持ち。最初からこうすればよかった。この目を見、この声を聞き、誰が嘘だと疑える?
 他人なんてどうでもよかった。大事なのはお互いだろう?















 幸せそうに笑い合い、2人は唇を合わせた。聖なる誓いを捧げる行為。彼らを邪魔するものは何も――――――























































 
ずばっしゃん!!!!!!
 『ぶはっ!!??』























































 元々焼かれ脆くなっていた壁を、どこかの馬鹿が中の安全無視で蹴破った。そう理解したのは、入ってきた馬鹿野郎に心置きなく水をぶっかけられ一酸化炭素増加・気道妨害と合わせ襲ってきた窒息の危機から脱してからだった。
 「やっほ〜サエくん跡部くん♪ 燃え上がる熱烈バカップルは別にいいけど現実問題としてホントに燃え上がっちゃってるんだけどあーゆーおーけー?」
 「げほっ・・・! 千石てめぇ、何でここに・・・?」
 「いや別に? サエくんにつけといた発信機が朝っぱらっから妙な場所に向かってたからね。もしかしてと思って跡部くんのおじさんおばさんに確認したら跡部くんも折原さんも昨日から車で出かけたままだっていう。ああ何かあるんだろ〜な〜って車出してもらって来たらこの有様」
 「なるほどな。仕掛けは1つだけじゃなかった、って事か」
 佐伯が落としたナイフを拾い上げた。刃についた赤いものを見て、ようやく跡部が思い出す。
 「そういや佐伯お前怪我―――!!」
 「したのは昨日カニに挟まれた指位だけど?」
 「・・・・・・ああ?」
 観察する。佐伯が自ら刺した―――筈の腹部を。確かにべったり血はついていた。が、





 ――――――服は全く切れていなかった





 「まさか・・・・・・」
 「こういう事だな」
 佐伯が刃の先端を指で突付き、押してみた。一切傷つける事もなく、刃は柄の中に引っ込んでいった。手品で使われるトリックナイフだったという事だ。しかもご丁寧に、刃先に血糊の仕込まれたタイプ。仕込まれていたのはそれだけではなかったようだが。
 多分入れ替えられたのは前回会った時。普段の自分なら重さや手触りで違うとわかっただろうが、動転していたため使うまで気付かなかった。
 刺した瞬間もちろんニセモノだった事を悟ったが、あの状態では引き返しようがない。もの凄い間抜けな空気が広がるに違いない。仕方ないのでそのまま続けたが、いつバレるだろうかとヒヤヒヤものだった。だからさっさと追い出すように彼女に刃を向けた。ついでに跡部が隠れている窓より手前に出るように。あの運転手のように、前に立ちはだかられたならバレていただろう。
 「どうりで刺した割にゃ長時間平然としてんなと思ったが・・・」
 「完璧な演技だっただろ? なにせこないだのお花見会でやったロミジュリも、死ぬ時の本気っぽさだけで主演勝ち取ったからな。本当にヤバいんじゃないかって練習中は何回も途中で止められた」
 ・・・・・・ちなみにロミジュリは恋愛モノだったような気がする。確かに死ぬのも悲恋としてポイントは高いが、決して死ぬところがメインの恐怖モノではなかったような気がするが・・・・・・。
 (まあコイツの事だから、愛の台詞は棒読みだろーが顔だけでウケたんだろーな・・・・・・)
 さすが『お花見会』。もしかしたら『かくし芸大会』の暗語なのかもしれない。
 いろいろ気になる部分はあったが、問い詰めても不毛そうなので諦め、跡部は別の事を言ってみた。
 「多分次アイツらに会ったら、向こう失神すんだろーな」
 「まあ地獄の底から蘇ってきた、って事で。
  ところで・・・
  ―――なんでこんな事やったんだよお前?」
 問い掛ける。跡部にではなく千石に。
 「俺の情報網舐めないでくれないかな〜サエくん。あの子の登場なんて会う前に知ってたに決まってんでしょ? 何かいろいろウザそうだったからわざと焚きつけといたんだけどね。その方が早く終わるっしょ?
  でもって、サエくんなら途中経過はともかく最終的には殺すか死ぬかするだろうな〜って事で、室町くんに頼んでナイフ改造してもらったんだよ。よく出来てたっしょ。室町くん、ウチの自慢のブレーンだからね」
 「で、てめぇは事態が動いたから来たってか」
 「いや〜まいったまいった。この部屋窓も何もないから外からわかんないし、中踏み込めばあの子らはともかく君らは気付くっしょ? 外で待ってたんだけど、いきなり彼女たち転がり出てきてね。咳き込んでて焦げ臭いってなったら起こってる事は1つでしょ? 外に水道あったから水汲んできた」
 「汲んできたって、ンな都合よくバケツか何か―――」
 言いかけた跡部の言葉が止まった。千石が手にぶら下げていた―――ビニール袋を見て。
 「確かに『何かと役に立つ3点セット』だね。なんでただの『袋』じゃないのか不思議だったんだ」
 「水が洩れないって便利だろ? その他細くして引っ張れば頑丈な紐にもなるし、体に巻けば保温効果もある。サバイバルで大事なのは如何に1つの道具をいろんな使い方するかだからな」
 「んじゃ普通ありそうな布だの紐だのがねえのは・・・」
 「割と何かで代理効くからな。植物の葉とかツルとか。まあそれ言うと何もいらないんだろうけど」
 「なるほどなあ」
 残り2つがナイフとマッチの理由がわかった。綺麗に切り裂いたりするのは石や木では難しく、またいちいち火打石や木をごりごりやったりして火を起こすような悠長な真似はしていられないからだ(マッチなら喫茶店などでタダでパクれるというのも大きな要因だろうが)。
 のんびり何かを悟っていたりする跡部に、今度は千石が質問をしてきた。
 「ところで跡部くん、その―――一見小麦粉まみれの姿どうしたの?」
 言われ、見下ろす。水を頭からかけられたおかげでついていた分はほとんど落ちていたのだが、破ってきた窓から現地点まで『見た目だけ小麦粉ロード』が出来上がっていた。隣の部屋では、大分収まってきたがソレが今でも粉雪状に舞っている。
 今更ながらにむせ返り感を思い出し、1つ咳払いをし、
 「折原家は確かに由緒ある名門だ。だが、それだけだ。とっくに没落してる。今じゃ家系図がしっかり書ける事だけが自慢の家だった―――その筈だ」
 「凄いなあ。俺家系図なんて絶対書けないよ」
 なぜかポイントを外して感心する佐伯。それはそうだろう。移動と国際結婚の嵐により、『身近な親戚』だけで5大陸全部制覇しているような一族の家系図など書けた方が凄い。
 「巻き返してきたのはここ数年。事業が成功したからだとか当主―――アイツの父親は言ってやがったらしいがどう考えてもそれだけじゃ割に合わねえ。で、
  ―――その答えがコレだった、ってワケだな」
 落ちていた白い粉を手に取る。詳細はさすがにわからないが、小麦粉や片栗粉の類でないのは確かだ。
 「去年から使ってねえ筈なのに汚れてねえ別荘。電気も水道も繋がったまま。外から見えねえこの部屋に、隣からの覗き窓。盗品か企業のデータかその辺りかと思ってたが―――まさかここまでやってたとはな。
  どうやら娘の方は知らなかったみてえだな。ただの別荘だと思ってやがった。だからンなやべえ所に俺ら連れてきやがった」
 「本当に・・・・・・・・・・・・
  ・・・・・・・・・・・・問題あったんだね」
 「だから言っただろ? ヤバくなったら即座に別れろ、ってな。これだけの麻薬売買となりゃ相当のモンだぜ? ガキだからなんつー甘めえ理由は通用しねえだろーな。どっちにしろこれで折原家は終わりだな。親がしょっ引かれたとなりゃ娘も婚約だ云々言ってらんねーだろ。自然と離れてく」
 「最高の、別れる口実・・・ね」
 「同情はしねえぜ。元々今日のだって、佐伯が金受け取んなけりゃ身ぃ引くってアイツ本人が言ってたしな。
  ああ千石、車で来たっつー事は外にも誰かいんだろ? サツと消防車呼んでもらえ。せっかくの証拠燃えちまったら起訴も出来ねえ」
 「あ、だいじょーぶ♪ もう呼んであるから」
 「ならいいがな。俺らもさっさと出るか」
 「さんせー! 風通しよくなったおかげでよく燃えるしね」
 「てめぇのせいだてめぇの」
 「だってどっから入るかよくわかんなかったんだもんこの部屋!!」
 「完全に逆方向じゃねーか・・・・・・」
 「まあまあ。外からは近いし、ね?」
 指差し、ぶち開けられた方の入り口へと向かう千石。振り向くと、跡部はなぜか違う方向に進んでいた。
 自分が元いた部屋の前で、謎の台詞を呟く。腕を伸ばしながら。
 「ヘンゼルとグレーテルは魔女の家から金銀財宝持ち帰って幸せになったっつーが・・・・・・」
 伸ばした手で、がしりと掴んだ。そこにかがみこみ、目の色を変え必死に落ちているものを掻き集めている佐伯の襟首を。
 「白い粉売って幸せになったなんつー解釈は聞いた事ねえぞ。ハッピーエンド少年院で迎えてどーする。
  オラ行くぞ佐伯」
 そのまま引きずり出す。ずりずりずりずり引っ張られながら、それでも佐伯は最後まで抵抗していた。
 「ああああああああああ!!!!!!!! お〜れ〜の〜ざ〜い〜さ〜ん〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
 「いつてめぇのになった!!!???」





―――おまけ編














∞     ∞     ∞     ∞     ∞

 もの凄いヘンなところで切ってみましたHappy End編。ここから先、おまけは全部ギャグです。今までやられっぱなしのサエによる復讐劇で、サエの毒舌とバカップルが光り輝きそうです。ヲトメサエはここまでだったので切りました。
 こんな感じでいかがだったでしょうかヲトメサエ。跡部は企画開始当初からヲトメサエのリクで、リョーガと並んでずっと上位でありながら話は初ですね。なお漢サエでは
Top独走ですね。おまけはそっちに近い・・・か? とりあえずサエFanにつきサエが徹底的に幸せになるかと思われます。『幸せ』の意味は人それぞれですが。

2005.5.15