線上にての価値 You want to Bet








  1―――

 「失礼。越前リョーガ君・・・かな?」
 「ああ?」
 夜道にて、呼び止められ名前の確認。こういった手順を踏む出会いにロクなモンがないのは世間一般でのお約束だろう。今回もまた、そうだった。
 現れた相手―――サングラスに黒スーツなどという怪しさ大爆発の男は、見た者を不愉快にさせる類の笑みを浮かべ、さらに言葉を重ねた。サングラスで隠したつもりだろうが、その目は明らかにこちらを値踏みしている。
 「貴方に用があるのですが」
 「そりゃなきゃ話し掛けてねーだろ」
 ハハハハハと笑い飛ばしてやる。何の反応もなし。
 「・・・・・・つまんねーなあ」
 さっさと笑いを消し、リョーガは相手に向き直った。こちらも対抗して見てやる。見覚えなし。特徴なし。以上。
 がりがり頭を掻いて、
 「話あんならさっさとしてくんねーか? 遅くなると怒られるからよ」
 「一緒に暮らしている、佐伯虎次郎君に・・・ですか」
 ―――掻き音が止まった。今度こそ完全に表情を消し、相手を見つめる。含みを持たせる今の言い方。こちらの事は相当調べたということか。
 逆にこちらは手札0。向こう―――単体ではあるまい。長年『様々な人』を見ていればわかる。この手のヤツは下っ端1号だ―――が何者か、何の用があってこちらに接触したか、それすらわからない(自分が話をずらし続けているからだが)。
 相手のペースに乗るのも面白くない。クッと口端だけに笑みを浮かべ、
 「え〜? 同棲〜? そ〜んなロコツに言うなよ照れんじゃねーかvv」
 「私はあの船に乗り合わせた者です」
 「あ〜船〜。懐かし〜なあ新婚旅行vv つーかむしろプロポーズは帰りでか?」
 「貴方がたには私の元へ来ていただきたいのですが」
 「断る」
 間髪入れず答える。男は顔色一つ変えなかった。どころか笑みを深くすらし、
 「そうですか。貴方は断りますか」
 「ムカつく言い振りじゃねえか。俺『ら』は断るっつってんだがよ」
 「ですが答えたのは貴方だけです。私は改めて虎次郎君に返事を頂かなくてはなりません。
  本来ならお二方に来て頂くのが最上なのですが、やむを得ない場合お一方でも構わない・・・と寛大なる我が主はそうおっしゃられましたので」
 「余計ムカつく言い振りだな。てめえが敬いてえのは俺らか? 主か?」
 「もちろん主です。貴方がたを持ち上げるのは主がご自分と同格と見なしたからです」
 「ンな下に成り下がった憶えはねーけどな」
 「主への侮蔑は許しません」
 ピシッ―――!!
 空を何かが飛んだ。横に避けていなければ左腕がヤバかったかもしれない。
 (つーかまた・・・古風な武器を・・・・・・)
 心の中で呆れ返る。銃の広まったこのご時世、まさかピアノ線で攻撃される日が来るとは思わなかった。仕事人シリーズを父親と馬鹿笑いしながら観ていてよかった。
 「避けましたか。さすがですね」
 「つまりはコレもテスト、と。やっぱ冷静だな、アンタ」
 「私の格も上げていただけましたか。ありがとうございます」
 銃を使わなかったのは避けられるか試すためだろう。銃でも素人が撃つ限り避ける自信はあるが(ただし使用する弾の種類にも寄るが)。ついでにムカつく態度もその一環だったようだ。こちらに挑発させ、攻撃もといテストするチャンスを窺っていたのだろう。
 ただし・・・
 「『商品』はもっと大事に扱えよ? 肝心のテニスが出来なくなりゃ大損だろーよ」
 「利き腕は逆でしょう?」
 「アンタ1回テニス観た方がいいぜ? 試合中に何回両手打ちしてる? トス上げんのは逆の手でだろ? そもそも何もしてねーように見えても手一本ねえとバランス取りにくいじゃねえか」
 「なるほど。それは迂闊でした。失礼いたしました」
 かしこまって礼をされる。ここまでされて嬉しくない礼が出来るのは佐伯とチビ助とあとコイツ位だろうと確信した。ヤなトップ3が誕生した。
 「では改めて伺います。私はこの話を誰に持っていくべきでしょうか。貴方ですか? それとも虎次郎君ですか?」
 リョーガが初めて相手を睨みつけた。随分調べられたものだ。持っていかれた方に拒否権はない。自分にも・・・・・・・・・・・・佐伯にも。
 「桜吹雪のおっさんよりゃ頭いいんだな」
 「恐縮です。が、失礼を承知で言わせていただくならばいささか不服です。私をあのような馬鹿者と比較しないで下さい」
 「そりゃ失礼。『人質』は端からそう使えってのおっさんも」
 クツクツと心底可笑しそうに笑う。ああ本当に可笑しい。この自分が―――この越前リョーガが。見も知らない相手の手の平で踊っているぞ。相手は自分の手の平で躍らせるものだったはずなのに。
 (でも、ねえか・・・・・・)
 考えてみれば、自分はずっと踊っていたのかもしれない。初めて会ったその日から、佐伯の手の平でずっと。
 どちらにせよ屈辱だ。まさか佐伯以外のヤツの手の平で踊らさせられるハメになるなど。
 「2つ確認させろ。1つ、アンタが敬う主とやらは本当にアンタより『上』なのか?」
 実際の位などどうでもいい。訊いているのは頭の中身。踊らさせられて仕えた相手がおっさん2号でしたじゃ笑い話にすらならない。
 「今の話は全て主の提案です。そう言ったならば?」
 「なるほどな」
 「あっさり信じるんですね」
 「疑う理由がねえからな。『2人に来て欲しいが1人でも可』。アンタの主がそう言った―――んだよな? アンタの忠誠心から考えてよりによってその主さんとやらの言葉でウソはつかねえだろ。1人に絞れる理由は何だ? 答えが今の話だろ? これなら1人は確実に来るが逆にもう1人は来ねえ」
 「なるほど。お見事ですいやさすが」
 「・・・無視して次行っていいか?」
 「どうぞ」
 拍手の音がぴたりと止まった。もちろん相手がしていたものだ。
 「『1人』が話を受けたとする。『もう1人』は安全なのか本当に?」
 どちらが行くかはまだ決められない。返答次第で変えなければならない。
 「お約束しましょう。『もう1人』は安全です。我々が全力でお守りします」
 「どうやって保証する?」
 「質問は2つでしょう?」
 「アンタはそれでいいとは言ってねえ」
 この辺りの詭弁は得意分野だ。佐伯と暮らすようになってますます得意になった。
 しれっと言い切るリョーガに、男は素で苦笑した。
 「残念ながら直接保証する術はありません。ですがもし仮に貴方が話を受けたとすれば、貴方ならこちらの世界に詳しいでしょう? 虎次郎君が入ってくればすぐに耳に入るのでは? 何せ彼は有名です―――有名になりましたからね」
 「佐伯の悪目立ちは跡部クン以上、ってか」
 ため息をつく。やはり試合に出させるべきではなかったか。
 ついた息を吸い、
 「―――わかった。んじゃ俺がついてく。代わりに佐伯にゃ一切手は出すな。アイツはこういう世界とは無縁のヤツだ」
 「了解いたしました。ではこれを」
 渡されたのは、1枚の綿布だった。湿った綿布。大きさは口と鼻が覆える程度。
 「連れて行く場所は明かせません、ねえ。つまり逃げようと思えばすぐ逃げられる場所だったり?」
 「『逃げられない場所』の定義づけによりきりでしょう。桜吹雪から横取りしたお金があれば大抵どこからでも逃げられるでしょう?」
 「アンタは千里眼の持ち主かってんだ」
 「千里眼は我が主が持っておられます」
 「・・・・・・冗談だろ?」
 「どうでしょう? 時折私も不思議になります。主はこれらの情報を如何にして手に入れておられるのか」
 「せめて人間のトコに連れてってくれ・・・・・・」
 「今までとあまり変わりはないでしょう?」
 今まで。確かに元いた世界では人は人でなかったような気がする。金に取り付かれた虫と、それに操られる機械と。
 「ああそうそう。貴方が自主的に来られた際の主の伝言です。貴方の『自由意志』は尊重するそうです」
 「へ〜え。そのおかげで桜吹雪のおっさんは嘆いてたけどなあ」



 『てめえに声かけられた時、言ったよな? 「俺に命令すんな」って。手駒になってやる代わりに命令しやがったら即座に下りる。それが条件だっただろ?
  ―――俺は命令されんのが大っ嫌いなんだよ』




 この条件を知っているのは自分と桜吹雪、それにチームを組んだりした何人かと・・・・・・あの船でこの会話を聞いた客ら。さて思う。こんな男いたか?
 (ま、客全部見てたってワケでもねえしな。それに主とやらの方がいたのかもしれねえし)
 肩を竦め、リョーガは渡された綿布を顔に近づけた。クロロフォルム独特の香りを嗅ぎながら、最後に言う。
 「んじゃついたら起こしてくれ」
 「もちろんです」







・     ・     ・     ・     ・








 「遅いなあリョーガ」
 家にて、出来た料理を囲みながら佐伯が呟いた。
 「先食べる?」
 向かいにいた母が苦笑する。1人しか心配しないのかと、その目は如実に語っていた。
 その辺りは適当に誤魔化し、
 「そだな」
 佐伯は箸を手に持った。
 「『いただきます』はちゃんと言いなさい」
 がすっ!!
 ・・・・・・途端に向いから箸置きが飛んできた。







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 「つきましたよ」
 本当に起こされた。律儀な性格だ。まあこの細身の体で自分を運ぶのはイヤだったからかもしれないが。
 目隠しされたまま中に入る。途中で3度ほどコケかけたが、体勢の立て直しが早いのは間違いなく佐伯家で鍛えられたからだろう。
 目的の部屋につく。目隠しを外された。
 目の慣らしと意識覚醒を図り、リョーガは辺りをぐるりと見回してみた。桜吹雪のものとは違う。本物の高級品。それも『生活する』に不自然ではないよう配置されている。
 (成金じゃねえ証明にはなったみてえだな)
 ただし使い方が違うだけであって、稼ぎ方はどうせ同じようなものだろうが。
 最後に中心に戻った。中心少し奥にある机。年季の入っていそうなそれ・・・・・・に座る人物へと。強調するが、ソイツはイスに座っているのではない。机に直接腰掛けているのだ棒線引っ張ってクドく言うが!
 ソイツが、何も言えずぱくぱく口を開くこちらに手を上げ言って来た。
 「よぉリョーガ」
 「はああああ!!!???」
 信じられない光景が広がる。なおも暫く「おま・・・な、え・・・?」などと繰り返し、
 「じゃ、じゃあまさかこっちの男って・・・・・・」
 自分をつれてきた男をぎぎぎ・・・と見やる。この展開。しかもコイツを『主』などと言うのは・・・・・・
 男がサングラスを外し、スーツ下にしまっていた髪を引っ張り出した。無造作に束ねられた長めの黒髪。ただしだからといってコイツが実は女だったりするのではない。中性ぎみの柔和な顔ながら、コイツは立派に男だった。断言できる。実に簡単な理由で。
 「やあリョーガ。朝振り」
 実の息子にそっくりの笑みを向けられ、リョーガはがっくりと崩れ落ちた。
 確かに朝振りだった。玄関で見送られて以来か?
 いろいろと繋がった。全部繋がった。なぜここまで向こうはこちらに詳しいのか。自分と佐伯の関係などという、あの船に乗っていなければわからない事まで。『主はこれらの情報を如何にして手に入れておられるのか』。
 (ああ確かに乗ってたな。『主』さんは堂々と)
 考えれば答えは端から出ていたではないか。この男はなぜ佐伯を指し『佐伯』ではなく名前で呼んでいた? 自分がいつもそちらで呼ばせるからわかりにくかったが、佐伯は逆に自分を名前でほとんど呼ばせない。呼ぶのはせいぜい家族ぐるみでの付き合いか、あるいは・・・・・・





 (ああそりゃ家族なら名前で呼んで当たり前だよなおんなじ『佐伯』なんだから!!)





 「つまり・・・・・・」
 呆然と呟く。とどめを刺したのは『主』の方だった。
 「てめぇは俺様の手の平で面白おかしく踊ってた、ってワケだな」
 「嵌められたああああああああああ!!!!!!!!!!!」



―――








・     ・     ・     ・     ・

 ・・・さって誘拐犯の正体。まあここまで来ればもうわかり過ぎでしょう。なおわかる方はもういくつか、ムカつく態度全般とリョーガにすら勝つ話術、『主』がリョーガ・佐伯を自分と同格だとみなした事、『今までいた世界』で指していたのが裏社会ではなく、結局誰かにからかわれる環境という意味、それに『主』は千里眼の持ち主かと話が出た辺りで予想がついたかもしれません。さすがに『眼力』はモロすぎて言いませんでしたが。そして誘拐実行犯は・・・跡虎【PriPri】に続き2度目の登場の方です。『主』の父とどっちにしようか悩み、結局こちらになりました。ホントなら『お家騒動!』§2で出すハズでしたが・・・書き終わらない(爆)のでこっちが先で。だから佐伯家が出た時、リョーガと共にお父さんもいなかったりするのです。仕事持ちなら夕食に間に合わなくても不思議じゃないかと軽く見捨てられましたが。
 ここで既にオチはついているようですがしつこく続けます。親だけならただのお遊びとしてここで切っても良さげですが、さりげに生真面目人間な『主』がわざわざ加わったその理由は・・・・・・。というか今度こそ『離れ離れの2人』、これじゃ全く何の進歩もないし!! そう! ついに2人は離れるのですたとえこれがエセであろうと今度こそ(力説)!! そして『薄暗い過去により家を出て行くリョーガ』・・・読まれたあ!!
 ・・・まあそんな、ありきたりの話と見せかけ実はどうなのか。それは今後のお楽しみ☆

2005.5.9