線上にての価値 〜You want to Bet?〜
エピローグ―――
フ―――と目を覚ます。最初に見えたのは・・・、
「よぉ佐伯。三途の川廻りツアーはどうだったよ?」
「跡部・・・・・・」
ぼやけた視界に映る人影に、佐伯は乾いた舌で何とか返した。やけに体が重い。
なんでこんな事になってるのか考えようとして―――
「そうだ試合!!」
佐伯はがばりと身を起こした。椅子に座っていた跡部に掴みかかる。
「どうなったんだ試合!?」
「Ryoga、Kouは2人とも試合途中に死亡。続行不可能により無効」
「は・・・・・・?」
淡々と語られた衝撃の事実。というか・・・
「俺、まだ生きてるんだけど・・・・・・」
「―――試合中に死ぬのは珍しくねーんだよ。勝つために危険球の1つや2つはいつもの事だしな」
「―――っ!!」
横手からかけられた声。口調そのものは跡部とさして変わりないだろうが、彼の口は開いていない。腹話術だとしても今の声は―――
「リョーガ!!」
「よっ佐伯。生還おめでとな」
「おまっ・・・! なん、で・・・?」
「ま、理由はコイツらに訊いてくれ。俺も今さっき聞かされたが、おかげで頭が痛てえ・・・・・・」
驚く佐伯へ、隣のベッドに腰掛けていたリョーガが視線と顎で指し示した。今話していた跡部と、パソコン前でいろいろやっている千石・不二・リョーマを。
「あ、サエくんおはよ〜♪」
「やあサエ。目覚めはどうだい?」
「長いっスね。丸1日寝てたっスよ」
「えっと、つまり・・・・・・」
まだ混乱しているらしい。一応同じ身の上として、リョーガが最短で真実を告げた。
「つまり、俺らはコイツらに担がれたって事だ」
「・・・・・・・・・・・・は?」
・ ・ ・ ・ ・
事情の説明を受ける。なるほど確かに担がれていた。
「んで、てめぇら2人が死んだっつー事にすりゃもう2度と追っ手も来ねえだろ」
「けどそれで納得するか?」
「すんだろ。さっき言ったとおり死ぬのは珍しくねえしな。でもってヘタに大騒ぎするとさすがに当局に睨まれる。大体主催者が適当に処分して終わり、って程度だ」
「『主催者』って・・・?」
どうでもいいようなところで首を傾げていると、
「は〜い俺。ちなみにスポンサーは跡部くん」
「正確にゃ親父だがな」
「・・・なるほどなあ。1から10まで全部お前らに仕組まれたってワケか」
いろいろと謎が解けた。なぜ完全無名の自分がこうも簡単に参加出来たかと思えば・・・。
肩をコケさせる佐伯に、千石は挙げていた手を下ろしパソコンを指した。
「でもって今それっぽく噂流してるし、実際いろんな人が証人なんだから大丈夫っしょ」
「なら―――」
安全か。
言おうとして、
「・・・・・・・・・・・・あ、金」
「金?」
「跡部にな、越前売って1億ドルもらったんだ」
「や・・・。越前くんって別に君のじゃないんじゃ・・・・・・」
「別に誰のだっていいだろ? 要は越前が俺の言う事にはちゃんと従うっていうその事実が大事なワケで」
「従ったの? 越前」
「だってこの人に逆らったら何来るかわかんないじゃないっスか」
「だよな・・・」
「そん時なんて腐った魚突きつけられて『コレと跡部とどっちが欲しい?』とか脅されましたし」
「腐った魚・・・?」
「いや腐ってないけどな正確には。東京行くって言ったらお中元代わりに持っていけ、って母さんからくさや渡されて」
「お中元にくさや・・・・・・?」
「つーかくさやはまだしもなんで携帯七輪セットなんて持ってんだてめぇは?」
「やっぱホラ、その場で焼くとおこぼれがもらえる」
「中元だろーが!!
ったく、おかげで3日寝室が使えなくなったって何でか俺が母さんに怒られたぞ」
「・・・アレ寝室だったのか?」
「ソファ広げるとベッドになるからな。
―――んで? その金が?」
大幅に脱線した話を無理やり戻す跡部に、
佐伯が両手を差し出した。
「くれ」
「何でだ!?」
「だって貰ったし」
「リョーガの買取金だろ?」
「けど買い取る必要なかったんだし」
聞いた話によると、リョーガの『オーナー』は不二だったという。全てが彼らの企てた策略だったならば、わざわざ金を払わずともリョーガは戻ってくるワケで―――
「即ちあの金は俺のもの!!」
「そこで『だから金は返す』っつー案がなんで出て来ねえんだよ!?」
「だから4000年かけてちびちびと!!」
「今すぐ返せ利子トイチで上げんぞ!!」
「なんて横暴な!!」
「てめぇだ!!」
いつもどおり(じゃなかった時も思い浮かばないが)の佐伯に、跡部はほっと胸を撫で下ろした・・・・・・かもしれない。
代わりに半眼で告げる。
「つーかてめぇが勝たねえから大損したぞ」
「あれ・・・? そういやさっきの勝負だけど・・・」
「佐伯が勝たなかったか?」
佐伯の言葉にリョーガも続ける。憶えている限りでのスコアはタイブレークで佐伯のアドバンテージ。最後に放たれたロブを、今度は打ち返す事が出来なかった。これで終わったと思った瞬間、2人は意識を手放した・・・・・・。
「ああアレね。アウトだった」
『は・・・・・・?』
さらっと言われた千石の一言に、2人の目が点になった。
「惜しかったね〜。後ちょっとでラインだった」
「いや入ってただろありゃラインに・・・」
「風でも吹いたんじゃん?」
「室内に・・・?」
「いやあびっくり☆」
『・・・・・・・・・・・・』
笑顔の千石を前に言う言葉を失くす。周りを見れば、その場で観戦していた不二とリョーマもこっくり頷いてきた。妙に納得いかない不条理さを抱えながら。
「・・・・・・恐るべしラッキーウォッチ」
「自分の試合じゃなくても働くってのか・・・?」
「『ラッキー』の範疇超えてんだろそりゃ・・・・・・」
口に出して呟く3人に、真相を知るただ1人の男は軽く肩を竦めただけだった。己が主催者を勤めたこの試合、前宣伝の効果もあり世界中からの注目を集めていた―――イコール賭けられた総額は非常に高かった。とはいえ中身は今までの実績によりリョーガ有利。あそこでもし佐伯が勝っていたならば、利益は恐ろしいほどの事になっていた。
なのになぜ引き分けにし、賭けそのものを無効にしたか。後々の揉め事をなくすためだ。損がそれだけ出れば、あれは無効だ金返せと『主催者』を探し出そうとする輩が必ず現れる。どうやってこれを回避しようか悩んでいたのだが・・・・・・
(まさかホントにここまで互角の試合してくれるとはねえ)
タイブレーク後のスコアはかつての手塚対跡部戦を上回り47−47。実は危険球の類は一切打っていなかったのだが(結果的に顔面やその他急所狙いとなった球はばんばん打たれた。ただしテニスに慣れた一同から見ればさして不自然さはない辺りで。ボレー然りストローク然り、立ち位置の都合上返せなければ球が当たる事は割と多い。返し損ねて当たったのならそれは仕方のない事だ)、試合の中極度に研ぎ澄まされた感覚により2人の消耗は相当なものとなっていた。普段はまずない『勝たなければならない』という重圧もまた、それに拍車をかけた。だからこそ、全てが終わったと思った時意識を手放した。
そして観客はそれを、今まで当たっていた球によるものだと勘違いした。だからこそ、2人が死んだという話を疑う事なく受け入れた。実のところ怪我はほとんどしていなかったのだが。
間違いなく佐伯家での生活によりだろうが、2人の体にはテニス以上に生存本能というものが刻み込まれていたらしい。ぎりぎりの体勢でそれでも打ち返せなかった球から、ぎりぎり以上の不可能な体勢で急所を庇っていた。頭で考えていない、もう脊髄反射にしか見えないノリで。
(つまり、佐伯家での生活は賭けテニスを遥かに上回る、と・・・・・・)
互いの安全と平和のために頑張っていたような気がしたのだが、それで帰る先が一番危険というのはどういう事なのだろう?
慣れきってそれを不自然に思わない当事者らを他所に、千石は密かに首を傾げた。目が合った他の3人も同じく首を傾げていたところからすると、結論というか疑問は全員同じらしい。
そして当事者らは・・・・・・
「これでまた一緒にいられるな、佐伯」
「帰ってきて、くれるのか・・・?」
おずおずと見上げる佐伯に、リョーガはにっと笑った。
「他にどこ帰りゃいいんだよ?」
「じゃあ・・・」
「ああ」
佐伯をぎゅっと抱き締め、耳元に囁く。
「ただいま、佐伯」
「お帰り、リョーガ」
―――終(→おまけ)
・ ・ ・ ・ ・
わ〜い終わった〜♪ しっかし書きながらふと思った事。普通にやるのとこういう風に負けられない状況でやるの、2人はどっちの方が本気を出しやすいんでしょうね? 最初は追い詰めたから本気でやるだろうなどと考えたのですが、2人というかサエにとってそれってただのプレッシャーになるだけ? 実は一番本気になるのは『勝った側が企画したデートの支払いを負けた側がする』という内容の時のような気もひしひしと・・・。サエならとことん金のかかる内容にするでしょうし、リョーガならコレ幸いと己の欲望を叶えようとしそうな・・・・・・。そんな事情で2人の対戦は短めです(イイワケ)v
話を戻して『離れ離れな2人』。元に戻るために本末転倒を繰り返していたようにも見えますが、まあ最後は戻ったっぽいです。何だかエグかったりセコかったりしますが、サエ的にはヲトメ・・・・・・でしたかね? 「帰ろうぜ、俺たちの家へ!」「ああ!」とラストで夕日に向かって走るとむしろ漢、ノリは完全スポ根に!! ・・・・・・してどうする。
2005.7.19