Kitsch






  3.インターミッション 〜パクりん佐伯のぱくぱく劇場〜

 佐伯サービスで次のゲームが始まった。ふいに口を開く。
 「そういえばお前らってさ、次青学とだっけ」
 本当にさりげない口調。どうでも良さげな言い振り。
 「だから? 自分がやりたかったってか?」
 「いや別に。青学なら関東でもう当たったから。
  ただお前らって相手校についてどこまで知ってんのかな〜って思って。確か木手は去年の
Jr.出てたよな。となると他校の強い選手は大抵知ってる、か? でも残念だなあ。去年青学は誰も出なかったもんな。手塚が辞退したから」
 「・・・・・・何言いてえんだ?」
 「だから『いや別に』。ただお前の機嫌がちょっと悪くなってるっぽいし? 人当たりの良さにより初対面の相手に好印象を与える人ランキングトップクラスの俺としては、そんな事態ははなはだ不本意だな〜っと」
 「・・・・・・。どこの世界でンなランキングが開催されてんだ?」
 「去年の
Jr.最終日に何となく採ってみた。ワーストはもちろん跡部と真田の一騎打ちだった。手塚がいたらまた変わっただろうに」
 「うっせえ!!」
 「千石は上下に激しく分かれたな。話しやすいが信用出来ないと。切原は意外と上級生に人気だった。『子ども』って有利だよなあ」
 「・・・それって、テニスの合宿だよなああくまで?」
 「テニスだぞ? その証拠にテニスをやった記憶はある」
 「・・・・・・・・・・・・。今更ながらに訊くけどよ、お前まさかそのメンバーに選ばれたのか?」
 「ああ選ばれた。何せ関東は千歳曰く『面白集団』だからな。少しでも平均っぽいヤツ入れないと、奇人変人大集合にしか見えなくなる」
 「いやお前だろそれ決定付けたの」
 「世の中楽しんでなんぼのモンだからな。まあそれはそれとして」
 必殺話題転換。ついていけない甲斐が主題を思い出せるよう、佐伯は懇切丁寧に話題を戻した。
 「そんなこんなで爽やか好青年として通っている俺としては、相手に悪印象を与えあまつさえそれを広げられたりするとひたすらに迷惑だ。もちろんお前がそんな事は2度と出来なくなるよう、文字通りこの場で口を塞ぎ息を止めてもいい。が、それをするとまるでオジイの事について俺がお前に逆恨みを抱いてるっぽい。復讐魔なんて言われるのも心外だ。
  ―――まあこんな名目により、お前に青学がどんな学校かを解説してみようかと思う。一種のサービス精神だな。あ、心配すんなよ? 俺は『パクリん佐伯』の異名を取るほどだからな!」
 「『パクリん佐伯』・・・?」
 「何か・・・、やけに可愛らしい異名だね・・・・・・」
 「うわサエくん・・・。いくら不二くん命名だからって使うんだ・・・・・・」
 「そりゃ佐伯だからな・・・。不二のためなら何でもすんだろ・・・・・・」
 「アンタ一体なんでそんな名前つけたんスか・・・?」
 「う〜ん・・・。何かサエは何をやってもドス黒いから、少しでも可愛く見えないかな〜って・・・・・・」
 「けど、その異名って何表してんの・・・・・・?」
 知らない人にはとことん疑問だろう。英二の首傾げに、不二は肩を竦めてみせた。
 「多分すぐわかるよ。わかりにくかったら異名の意味ないしね」
 話題をぶった切られる。諦め、みんな佐伯に視線を戻した。親指を立てウインクなどしている『爽やか好青年』に。
 サービスラインにつき、佐伯はラケットの持ち手を変えた。甲斐と同じ、右手に。
 「まずは青学期待のルーキー、越前からな」
 「え・・・?」
 いきなり名前を挙げられ、リョーマがきょとんとする。開いた目が―――次の瞬間にはさらに大きく見開かれた。
 「あの構え・・・!!」
 青学の、他のメンバーも同じく。佐伯が打とうとしているのは、間違いなくリョーマの必殺技・ツイストサーブだった。
 実際・・・
 「越前必殺、ツイストサーブ!」
 微妙に気の抜ける掛け声と共に一打を放つ。みんなが知っている軌道を辿って球は甲斐の元へ向かっていき、地面を激しく抉っていく。
 「ツイスト? 今更こんなモンどーって事もねーよ!」
 せせら笑う甲斐。顔面を守り打ちやすくするためだろう、軽く重心を後ろに傾ける彼の前で。
 ひゅるるるる〜・・・
 『へ・・・・・・・・・・・・?』
 跳ね上がった―――一応跳ね上がりはした球は、甲斐の腰辺りで力を失い情けなく落ちていった。
 沈黙する一同。非常な間抜けさに包まれる。
 その中で―――
 「――――――の不発。いやあ、残念だったなあ」
 しれっと佐伯が言い切った。もちろんそんなアホな理由でではない。彼は間違いなく狙ってやった。
 テニスボールというのは跳ね返るものだ。そうでなければバトミントン同様ボレーしか打てなくなる。跳ね返らない打ち方をするには、球の勢いを無くすか特定方向への回転をかけるか。その例が不二のつばめ返しだの手塚の零式ドロップだのだろう。
 佐伯はごく普通に打った。別にひょろ球ではない。極度の回転をかけ、バウンド時にほとんどの力を地面に吸収させたのだ。現にただのサーブだというのに、地面の抉れ跡は桃のダンクスマッシュ並。
 では佐伯はどうやってそれだけの回転をかけたか。
 「どこがツイストだよ!?」
 「どっからどう見てもツイストだぞ? 腰はしっかり振った」
 その答えがこれである。『ツイストサーブ』という名前に騙され誰も気にしなかった体の捻り。そこで稼いでいたらしい。
 ツイストだ。ああ確かにツイストだ。詐欺スレスレの主張だが、それでも事実ではある以上誰も彼を責めたりは出来ない。
 「さって次いこうか〜。今度こそツイストだぞ?」
 「ああそーかよ・・・」
 呻く甲斐へ向け再びツイスト。同じ事をされても打ち返せるようにだろう、今度は重心を前に向けたままの甲斐に、
 「あ、それ早いから気をつけ―――」
 がん!!
 「〜〜〜〜〜〜!?」
 今度はバウンドで全く力を奪われなかった球は、地面に当たるなり即座に跳ね返った―――もちろん前に出していた甲斐の額に向け。
 ぶっ倒れる甲斐を可哀想〜〜〜に見つめ、
 「まあこれが、クイックツイスト。相手への当たり率が切原のナックルサーブと同じ程度になるようにした改良版だ・・・・・・という説明は先に入れておいたほうが良かったか?」
 「何で当てる事を前提条件に技を作る!?」
 「一番確実に点が入るように」
 「当たった相手の事とか考えねーのか!?」
 「『
わ〜いわ〜い当たってやんのバ〜カバ〜カ♪』といった程度にしか」
 「・・・お前マジでムカつくヤツだな」
 「ありがとう」
 「誉めてねえ!!」
 「けど今のに関しては越前に多大なる問題があると提唱。今までに比べ最近でのツイスト当て率低下が・・・」
 「うるっさいなあ!!」
 「まあいろいろある不平不満は聞かなかった事にして」
 『聞けよ!!』
 「んじゃ次だ。次は凄いぞ。青学が誇るモノホン天才芸だ」
 微妙に淡々とした口調で予告し、移動していく佐伯。一同無言で見送る中・・・。
 「不二先輩、あの人の技って・・・・・・」
 「やっぱり気付いたね越前」
 「そりゃあれだけ堂々やられりゃね」
 苦々しくリョーマが笑う。『パクリん佐伯』の理由はわかった。人の技のパクリが得意らしい。が、
 「サエは樺地君のようなコピー、ましてや君たちのような無我の境地とはまた違う。サエが本当に得意なのは技のアレンジだ。自分がやられたのに限らず、見たもの興味を持ったものは全部自分のものにする。そのままじゃなく、あくまで変えて・・・ね」
 他のみんなはまだこの凄さに気付いていない。技のアレンジ。しかもこの言い方では、1つ―――1人ではなく複数のもの。1人1人クセも思い切り違うというのに。
 情報を横流しするなと怒る一同を横目に、不二は珍しく皮肉げな笑みを浮かべてみせた。
 「そんな心配しなくていいのに。サエはそんな事は絶対しないさ。むしろ、次比嘉のみんなが僕らと当たった時はびっくりするだろうね。なんて普通の技使うんだ、って」
 「そっスね・・・・・・」
 ツイスト不発? クイックツイスト? 誰が使うかそんなもの。
 (使えるワケ、ないじゃん・・・・・・)
 むくれるリョーマ。その頭に不二の手が置かれる。
 ぽんぽんと優しく撫でられ、
 「ま、頑張ろうね」
 「・・・っス」
 話している間に、佐伯はサーブの体勢に入った。
 言い放ち、佐伯が動く。上から球を落としてのアンダーサーブ。もちろん放つは―――
 「不二式マジック・消えるサーブ!」
 ・・・つまりはカットサーブである。甲斐も(名称はともかく)フォームで大体を察知したのだろう。左手で打たれる軌道に合わせ、右に移動する。ちらりと佐伯を見れば、佐伯の視線もまた左―――自分から右に動いていた。
 「『消えるサーブ』が笑わせるぜ! テメエ自身がバラしてんじゃねえか!!」
 嘲り笑ってやる。佐伯が目を見開き、焦って前へ出てきた。が、
 「遅せえ!!」
 そんな間は与えない。ほとんどライジングを打つノリで地面スレスレを振り―――
 すかっ―――!!
 『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
 気まずい。非常に気まずい空気が流れた。
 頬を赤らめ固まる甲斐。唯一固まらなかったらしい耳は、しっかり周りのざわめきを捉えていた。
 「今の・・・普通のアンダーサーブだったよなあ・・・・・・」
 「それで・・・・・・、空振り?」
 「あんなに、自信満々で・・・?」
 「めちゃくちゃ大振りしたよな・・・・・・?」
 空を見上げる。空はどこまでも青く、雲はどこまでも白かった。
 汗を拭う。おでこがひりひり痛いのは先ほどボールをぶつけられたせいだろう。では頭ががんがん痛いのはなぜだろう?
 「ははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!」
 「テメエのせいかあああああ!!!」
 こちらを指差し大爆笑する佐伯に、甲斐もまた対抗して指し返した。
 「空振りしてやんのー! 普通の球でー! バカじゃんお前?」
 「うっせえ!! 今テメエしっかり『消えるサーブ』っつったじゃねえか!! なのにカットサーブじゃねーんだからテメエの方のミスだろこりゃ!! さっきみてえな言い訳は通用しねえぞ!!」
 「何を言っているんだ? 俺は『消えるサーブ』とは言ったが『カットサーブだ』とは一言も言ってないぞ?」
 「だからどうした!? 消えてねーじゃねえか!!」
 「お前にとっては消えただろ?」
 しれっと言われる。
 詰まる甲斐に、
 佐伯は片手で口を隠し、ぷっと笑ってきた。
 「それとも―――
  ―――消えもしない、なんの変哲もないサーブをお前は堂々空振りした、と?」
 「わかった! 認める! 消えた!!」
 「よしよし。やっぱ爽やか好青年が嘘つきじゃマズいからな」
 うんうん頷き、
 ・・・・・・再び佐伯は笑い出した。しかもよりダイナミックに。
 「
は〜っはっはっはっはっはっはっは!!! 全国出ちまうくらいの学校のレギュラーが!! 消えもしないなんの変哲もないサーブを堂々空振り!! 一般部員からやり直して来いよだめだめレギュラー!!」
 「・・・・・・・・・・・・なあ、一体お前のどこが『爽やか好青年』なんだ・・・?」
 泣きたい気分で甲斐が呟く。もう怒鳴る気力も失せた。いっそ泣けてしまえたらどんなにいいものか。
 挫けた甲斐を放って、佐伯が最後の予告をした。
 「んじゃいよいよラスト
 ・・・返させるつもりはないらしい。
 「鳳を飾るはもちろんこの男。跡部戦以降リタイアする事一ヶ月。全国に合わせ見事復活した手塚を祝し、このサーブはあえて手塚ではなく跡部に送る
 「・・・あん?」
 名指された当事者として跡部が眉を顰めた。謎な台詞ではあったが、実際技を見なければ結局謎だ。逆に、技を見ればわかるのだろう多分。
 肩を竦め、跡部は質問を取り下げた。他に何か言う者もいない。
 間を埋めるように、位置についた佐伯が口を開いた。
 「行くぞ! 手塚も使う、スピードサーブ!!」
 掛け声一発。サーブを放つ。
 すぱこーん!
 『へ・・・・・・・・・・・・?』
 音だけは景気が良かった。きっとスイートスポットのど真ん中に当たったのだろう。
 打った佐伯を見る。恐ろしいまでに間抜けな恰好をしている佐伯を。あえて言うならば・・・・・・きっと女物の着物を着て羽根突きをやったらこういう事になるんだろうなあと思わせる恰好。
 伸ばしきった体。当てるだけ当てたラケット。軽く飛び跳ねるよう上げた片足。ひたすら上だけに向けられた顔。
 ・・・・・・ちょっと思う。手塚が同じサーブを打ったら、その試合は即中止だろう。相手以前に審判が卒倒して。
 甲斐の視線が手塚に動く。手塚の事は、名前程度は知っている。自分をテニスに誘った木手が話していた。立海の真田と共に、プロに最も近い男だと。
 実際の手塚は今日初めて見た。なるほど確かにそんな雰囲気だ。中学生離れした落ち着きが実力の高さを窺わせる。その手塚が・・・
 (・・・・・・こんなサーブ打つのか・・・?)
 いろんな意味で恐ろしい想像。どうしよう。次当たりたくない・・・。たとえ直接対戦するのは木手だとしても、それでも直に見せられたら脳内フリーズしそうだ・・・・・・。
 (いやいや試合。待て落ち着け俺。今サーブ打たれた途中じゃねえか・・・)
 頭をぶんぶん振り、無理やり思考を試合に戻す。ところで不思議ではないだろうか。甲斐がこれだけ違う事を考えていられる理由が。
 集中を戻した甲斐の前で、ボールは・・・・・・・・・・・・今だ宙を舞っていた。もちろんサーブとして打たれたものである。無意識で打ち返していたなどという事はない。
 ひょろひょろひょろひょろひょろ〜〜〜〜〜〜・・・・・・
 それこそ六角監督のオジイ並みの頼りなさで飛ぶボール。ちゃんとこちらまで飛んで来れるのだろうか・・・そんな心配すら沸き起こる。
 意図を汲み取れず、向かいに立つ佐伯を見る。別に失敗ではないらしい。腕を組み、威風堂々といった感じでボールを見守っていた。確実にこちらは返せないというジェスチャー。
 「舐めんなよ・・・!!」
 これで意表をついたつもりか? それとも、先ほどのツイストとは逆にバウンドした途端勢いを増すというのか? 物理的にありえない事だ。が。
 (なにせ、『スピードサーブ』だしな・・・。コイツの事だから何かはやってくんだろ・・・・・・)
 ―――どうやらこの3球で、甲斐も大分佐伯について把握してきたらしい。それこそ手塚の如く、油断はせずにサーブを見守った。
 ひょろひょろひょろひょろひょろ〜〜〜〜〜〜・・・・・・
 じ〜〜〜〜〜〜・・・・・・
 ひょろひょろひょろひょろひょろ〜〜〜〜〜〜・・・・・・
 じ〜〜〜〜〜〜・・・・・・
 ひょろひょろひょろひょろひょろ〜〜〜〜〜〜・・・・・・ぽと。
 「は・・・・・・?」
 落ちるだけ落ちて、それで終わったサーブに、
 甲斐はただ目をしばたたかせるしかなかった。じ〜っと見すぎて目が疲れたのもある。そして、
 「これで・・・・・・終わりか?」
 「当たり前だろ? お前が打ち返さないんだから」
 『サーブが』終わりなのかと問いたのだが、どうやら『このゲームは』と捉えられたらしい。頷く佐伯に、我に返った審判がコールをかける。
 「ゲーム六角! 2−4!!」
 「よし。これで後2ゲームだな♪」
 審判の判定[コール]にか佐伯の呼びかけ[コール]にか、甲斐もまたはっと我に返った。
 「オイ佐伯!! 今のどこが『スピードサーブ』だよ!? インチキじゃねえか!!」
 うんうんと周り(手塚ももちろん含まれる)も頷いたが、
 なぜかそれらを浴び、むしろ佐伯は軽い侮蔑の眼差しを甲斐へと向けた。
 「うあすんげえムカつく・・・」
 無視し、言う。
 「甲斐。『スピード』の意味言ってみろ」
 「は? ンなの『速度』だろ?」
 「そう。速さの度合い。つまりな、
  ―――速かろうが遅かろうが動いてる時点でみんな『スピードサーブ』なんだよ。《スピード=速い》って決め付ける考え方がそもそもおかしい。
  ちなみに今のは、強いていえば『否[アン]スピードサーブ』」
 「ならそう最初に言えよ!!」
 「さらに別名『絶望への前奏曲』」
 「ちょっと待て佐伯!! それじゃまるでこの俺様がンなアホサーブ使うみてえじゃねえか!!」
 次の突っ込みは観客席から来た。
 止めるように手を上げる跡部に、わかってるよとうんうん頷き、
 「かの跡部様が、再び逢いまみえるだろう手塚のために生み出した究極の新サーブだ。今の甲斐同様フリーズ効果を持つ」
 「持ってねえ!! 俺はただ、バウンド後打つルールならバウンドしねえサーブ打てばいいって事で作っただけだ!!」
 「だからこういうサーブを推奨。仮に超ライジング以下を使うヤツが相手だったとしてもこれなら完璧だ。お前がこの技を使用した場合、相手への推測ダメージは今の3倍増」
 『確かに・・・・・・』
 「そうか跡部・・・。俺に勝つためについに手段を選ばなくなったか・・・」
 「違げえ!! コイツの言う事を真に受けんな!!」
 「その心意気、恐れ入った」
 「誉めんのか!? 怒る場面だろここは!?」
 「む? 跡部、お前はこれだけの技を作り上げながらなぜ否定しようとする? 素晴らしいものではないか」
 「手塚が壊れた・・・・・・」
 「俺様の唯一無二のライバルはこんなヤツなのか・・・・・・?」



―――4.恐怖の来襲