失敗例?―――手塚


 「―――どうしたのだ佐伯?」
 通りがかりの手塚に声をかけられ、佐伯は作業を中断して立ち上がった。
 「・・・・・・・・・・・・」
 じっと手塚を見・・・
 ぽんと手を叩き、
 「うっ・・・。えぐっ・・・。俺の財布が見つからないんだ〜・・・。
  このままじゃ俺、家にも帰れない・・・・・・」
 「それは大変ではないか!
  俺はあまり持っていないが、ほんの少しでも足しにしてくれ」
 「ありがとう手塚・・・!!」
 「・・・そのあからさまな大根芝居と嘘泣きに普通に騙されるアンタを尊敬しますよ手塚さ―――」
 どごすっ!!
 「・・・?
  どうした佐伯。突然切原を殴り倒して」
 「ああ、今蚊が切原の頬に止まっててな。蚊はフィラリアマラリアその他病原菌の媒体となる。危なかったな切原」
 「・・・今頭を殴っていなかったか?」
 「別にどこでもいいじゃないか。直接潰さずとも追い払えれば。蚊にだって生きる権利はあるんだぞ?」
 「・・・・・・切原にもあるんじゃないのか?」
 「そうだったか? てっきり周ちゃんを傷つけたコイツにそんなものはないんだとばっかり・・・」
 「・・・・・・・・・・・・。それもそうだな」
 「だろ?」
 「うおおおおおおい手塚さああああん!!! だからアンタなにナチュラルに騙されぐげはっ!!」
 首を傾げながら(ついでに足も傾げながら)、佐伯は手も傾けた。手塚の手に握られていた財布をそっと受け取り、中身を抜いていく。
 そっと返し、
 「ありがとう手塚。おかげで家まで帰れそうだよ」
 「うむ。
  しかし財布が見つからないというのは由々しき事態だ。練習が終わってからになってしまうが、俺も探してみよう」
 「手塚・・・・・・!!」
 感極まった佐伯が手塚に抱きつく・・・・・・・・・・・・かと思われたところで。
 「―――あれ? 財布?
  それならさっき見たぞ?」
 「ホントか大石!?」
 どんっ!!
 『うおっ・・・!!』
 通りがかった大石の不要な発言により、突き飛ばされて終わった。手塚と―――大石は。
 「何あっさりバラしてやがる大石ぃぃぃぃぃ!!!」
 倒れた・・・倒した大石の襟を掴んで無理矢理起こし、英二がそんな事を叫ぶ。叫んで、
 気付く。
 「ほおおおお・・・・・・?」
 先ほどまでの女々しさ(らしきもの)はどこへやら、腕を組んだ佐伯に見下ろされていた事を。
 「で?」
 真夏に吹雪を纏わりつかせた、地で氷の世界の男に笑顔で尋ねられ、
 「・・・・・・えへv」
 英二もまた、笑顔で返した。
 しかしながら賢い佐伯。今のやりとりで全貌は察したらしい。
 倒れた手塚の首筋に手刀を叩き込み気付けをし、
 再びうるうるお目目で迫った。
 「ハッ―――!
  聞いてくれよ手塚ぁ。菊丸が俺の財布ネコババしようとしてるんだ〜」
 「おい何だよその言い分!?」
 「何―――!?」
 英二の反論をかき消し手塚が吠えた。
 「本当か菊丸!?」
 「嘘に決まってんだろしてねーよ!!」
 綺麗な即答だった。悩む手塚に、
 助け舟が出される。
 指を立て、佐伯が淡々と解説を加えた。
 「現在進行形で『していない』。即ち『これからするつもりだ』」
 「やはりするつもりだったではないか!!」
 「なんでそーなる!?」
 「ならばお前は佐伯が嘘をついているとでもいうのか!?」
 「むしろコイツのどこにホントがあったんだよ!?」
 指を差され、
 佐伯は立てた指を引っ込め瞬きした。ついでにしゃがみ込み、
 「とう。
  な〜大石〜。お前さっき俺の財布見たって言ってたよなあ?」
 「にゃあああああああ!!!!!!」
 ・・・・・・大石にヘタクソな気付けを施し、意識朦朧としたままのところへ天気でも訊くかのようにさりげなく問いかけた。
 「うあ・・・? あ〜・・・ああ。見たぞ?」
 「それで? 
菊丸はそれどうしたんだ?」
 「英二は〜・・・・・・英二が〜・・・・・・。
  そのまんま捨てて、拾わなかったら言う事聞くって〜・・・・・・」
 「そうか・・・」
 「はうっ!!」
 再び手刀を叩き込み、今度は完全に目覚めさせた。
 「え・・・っと。今一体何が・・・・・・」
 戸惑う大石が見たのは不思議な光景だった。
 眉間に皺を寄せぶるぶる震える手塚。・・・まあいつも通りだ。
 にこにこにこにこ心底楽しそうに笑う佐伯。・・・これもいつも通りだろう多分。
 それと・・・
 ・・・・・・血走った目で自分を睨みつける英二。
 「え、と・・・。英二・・・?」
 そんな目で見つめられたのは初めてだ。むくれたり拗ねたりされるのはよくあるが、怒りを剥き出しにされるなど。
 だが、英二はただ睨みつけるだけで何も言わず。
 口を開いたのは手塚だった。
 「菊丸!! グラウンド―――!!」
 「ああちょっと待て手塚」
 「・・・・・・む?」
 まさにいつも通りの怒声を発しかけた手塚だが、それはあっさりと遮られた。
 軽く手を上げ手塚を制した佐伯。穏やかな微笑みを向け、
 「罪に対して罰を与えるのも良い事だけど、その前に問題の解決に努めないか?」
 「というと・・・?」
 疑問符を浮かべる手塚を無視する形で、佐伯は英二に顔を向けた。
 穏やかな、とても穏やかな笑みを浮かべ・・・
 「さて菊丸」
 びくりと英二の背中が揺れた。
 痙攣しながら、大石から視線を外す。その先にあったのは、それはそれは穏やかな笑みで。
 そんな笑みを浮かべ、
 佐伯は言った。





 「俺がこれから何を要求するか、
  ――――――もちろんわかってるよな?」
 「はひ・・・・・・」





 リョーガと共に首根っこを掴まれずりずりと引っ張られながら、
 英二もまた、叫ぶしかなかった。
 「手塚あああ!!! てめえ覚えてろよーーー!!!
  でもって大石いいいいい!! 明日もぜってー寝坊してやるからなーーー!!! 布団剥がされたって起きてやんねーからなーーーーーーーーーーー!!!!!!!」


成功例3―――柳生(Messiah仁王)