1.目覚め ―――対乾



 「ん・・・・・・む・・・・・・」
 「―――やあ、不二」
 「ああ・・・、乾、おはよう・・・・・・」
 (個性派の多い)レギュラーらには特に用意された1人部屋。乾は朝早く隣の不二の部屋へ訪れていた。それ自体は珍しくもない。なにせ不二と乾は毎朝一緒に乾汁を飲む仲なのだから。
 「あれ・・・? 今日は早いね・・・・・・」
 「ああ・・・。たまたま、早く起きて、ね・・・・・・」
 不二の言葉が示すように、まだ起床時間には早い。寝起きはいい方だが、それはあくまでいつも通り起きた場合。尋ねながら、不二は焦点の合わない目をごしごしとこすって頑張って起きようとしていた。
 (お前のそんな姿が見たいから『早く起きた』んだけどね・・・・・・)
 普段ならばまず見られない、ぼ〜っとする天然体の不二。今回の合宿先は旅館風味の宿であり、布団から出た腕は浴衣を着込んでいる。さすが不二といわんばかりに一晩来たままにも関わらず全く乱れはなかったが、それでも可愛くだらける不二と合わせると、妙に色っぽく見える。
 乾がその喜びを眼鏡の奥に隠して鑑賞を続けている間にも、何とか目が覚めてきたらしい不二が布団から上半身を起こしてきた。
 「で、乾汁は?」
 「これだ」
 「これ? 何か見た事ない色だけど・・・。
  ―――もしかして、新作?」
 「ああ。今日のために作ってきた」
 「今日? ああ、夏合宿用?」
 「まあな」
 正確には違うが間違ってもいない。不二の言葉に乾は曖昧に頷いておいた。まあ本当の目的をここで公表するわけもないのだが。
 (すぐにわかるしな)
 「へえ、嬉しいな」
 そんな物騒な事を思う乾。が、その本音には一切気付かないらしい不二が、単純に『新作乾汁』に喜んだ。
 「―――!!!」
 自分のためだけに向けられた笑み。それに乾が動揺する間にも、言うだけ言ってさっさと飲んだらしい不二が再び布団にぱたりと横になった。
 「不二?」
 一応呼びかける。反応なし。
 顔色を窺う。いつも乾汁で卒倒する者達と違って、青褪めてもおらず、また表情もごく普通の寝顔だった。
 耳を澄ます。やはり聞こえてくるのは規則正しい寝息。
 「どうやら―――普通の薬の効果はあるみたいだね」
 愛用のデータノートにその旨をメモる乾。味に対する耐性はやたらとあるが、さすがに薬に対する耐性は一般人と同じ程度のようだ。
 「では・・・・・・
  ―――さっそく見せてもらうか。お前の全データを・・・・・・」
 ふふふ・・・と笑い、下半身にまだかかっていた布団を剥ぎ取る。超強力睡眠薬によって熟睡状態にある不二は、当り前の事ながら特に抵抗もしなかった。
 「ああ、けど油断は禁物だね」
 不二に関して正確なデータはほとんど取れていない。もしかしたら今この瞬間にもぱっちりと目覚めるのかもしれない。
 乾は自分が羽織っていた浴衣の帯を取ると、不二の両手を上に持ち上げ、1つに縛り上げた。
 今まで不二の死角に置いていた愛用のビデオカメラを片手に固定し、眠る不二にピントを合わせてから、
 「さて、まずは上から・・・・・・」
 ごくりと唾を鳴らし、きっちり着られた―――だがやはり暑かったのかというか男としては別に普通なのだが、大きめに開けられた前衣を見下ろす。女性のような顔をして、女性ならば間違いなく胸の谷間まで見えているであろうその開き振りは何気にどころかもの凄く刺激的なのだが・・・・・・
 さらにそれを帯ギリギリまで開く。自然と上のほうは肩まで開かれ、実質上半身を覆うものは何もなくなる。
 白く、陶磁器のようななめらかな肌。僅かに汗ばみ、しっとりしているそれに手を当て、上下左右へとゆっくり動かす。
 「ん・・・・・・」
 指の先が胸の突起を掠めたところで、そんな甘い声が洩れる。顔を見るが、寝顔に変化はない。
 (いや、少し気持ち良さそうか?)
 先ほどまで観察していた不二の寝顔と比較する。眉毛の角度、目の下がり方、口元の様子。
 「―――残念ながらはっきりとは言えないな」
 予想以上に不二の目覚めが早かった。おかげで充分に観察できなかったのだ。
 「まあ、さらに進めばわかるだろう」
 今度は浴衣の下のほうに手をかけ、やはり帯ギリギリまでゆっくりと左右に開く。露になる、太腿。部活でハーフパンツを履く以上よく見るものではあるのだが―――
 と―――
 「ん〜・・・・・・!」
 再び洩れる声。今度は先ほどと違い、明らかに不快感を示していた。
 そして―――
 「――――――!!!???」
 カメラを向けたまま、乾が硬直する。肌の上で動く衣服の感触が嫌だったのか、それとも体を覆うものがなくなって寒いのか、不二が両膝を摺り寄せた。それも、ぴったりとではなく少しずらして。
 自然と膝が持ち上がり、浴衣の裾を完全に裂く。膝が擦り寄る分、足先は逆に離していって・・・・・・
 上で縛られた両手とあわせ、それは完全に悩殺ポーズであった。
 「ん〜・・・・・・・・・・・・」
 とりあえず満足したか、不二の声が再び気持ち良さそうなものへと戻る。
 (こ、これは・・・、予測、以上・・・・・・!!!)
 乾がカメラを持たない手で鼻を覆う。その間から流れる、少し粘性を帯びた赤い液体。それでも決して撮影を止めないのはデータマンとして本能か。
 「で、では・・・・・・!!」
 カメラを顔から一度離し、持ってきていた三脚で不二の顔が映るよう固定すると、
 乾は体を倒し、眠る不二の胸元へと顔を埋めた・・・・・・。





 おおむね同時刻。
 「
不二と乾はどうした?」
 朝練―――の前に行なわれる掃除。ここは宿というより期間限定の借家のようなものなので、掃除や食事も自分達でしなければならない。その事は部員全員が了承している。のだが―――
 なぜか時間になっても姿を現さない2人に、手塚がイライラと他の部員に聞いた。あからさまに心配しているのは1人のみであり、言葉一つ、動作一つ取ってもそれがはっきりわかるという部員差別ここに極まれりな様。しかしそれに異を唱える者は1人もいなかった。なにせ全員同じ心境なのだから。
 「もしかしたらまだ寝ているのかもしれない。様子を見てこよう」
 「あ! 俺も俺も!!」
 「俺が行くよ手塚。部長のお前にばかり任せるのも悪いからな」
 「だったら俺が行きますよ。『雑用』は後輩の仕事でしょ?」
 等々。乾と同じ思考の元不二の部屋へ行こうとする一同(特にレギュラー)。それを部長としての職権乱用により押さえ込み、手塚は不二の部屋へと猛ダッシュで向かった。





●     ●     ●     ●     ●






 部屋の前で、ノブを片手に(和風でもさすがにドアはふすまではない)止まる手塚。
 (この中で、不二が・・・・・・)
 そう思うとさすがにためらいが出る。時間になっても来ない不二が悪いのだからそのまま開けたとしても手塚に非はないのだが、礼儀正しく呼気を吐き、ノックをしようと拳を固め―――
 『ん・・・あ・・・・・・』
 中から洩れてきた聞き覚えのある声に、固めた拳でぶち破る勢いでドアを開けた。
 中に飛び込んで、そして目に飛び込んできた光景は―――手を縛られ着衣を乱された不二と、横たえた彼の脚を持ち、今にも体を押し進めようとしていた乾の姿だった。
 「乾!」
 「な・・・! て、手塚・・・・・・!!」
 「貴様は何をしている!!??」
 「こ、これは・・・、不二のデータ収集を―――!!」
 「宿周り
100周!!」
 尋ねつつ、うろたえる乾を一切無視して命ずる手塚。ちなみに『宿周り』。短そうに聞こえつつ、なにせ『宿』の中にはテニスコートだの他にもいろいろな活動がしやすいよう広めのグラウンドなどがある。おかげで一周
1kmはゆうに越えるそれに、あのリョーマですら着いた早々『明日からは絶対寝坊しないようにしよう・・・!』と意志を固く持っていたりもする。
 さすがに手塚に逆らうだけの根性というかなんというかは乾にはない。しかもこんな場面を見せられた手塚の怒りは普段の3倍以上(眉間の皺の数と深さにて比較)であった。
 慌てて出て行く乾。置いて行った、まだ作動中のカメラからフィルムを抜き出し、完全に壊しておく。
 さらに拘束具を解いてから、不二の体を抱き起こし〔役得〕、揺すった。
 (これだけしても起きないとは・・・・・・何か盛られたのか?)
 不二は気配に敏感である。特に乱れた気配には。乾は知らなかったようだが、不二はその特性のおかげで過去何度も同じ目に遭いかけたのを回避している。ならば乾が部屋にきた時点で完全には無理でも起きているはずだ。
 と、眉を潜める手塚の目が、脇に転がったガラスコップを捉えた。中に僅かに残る、なんとも表現のし様のない液体。
 「乾汁、か・・・・・・」
 不二と乾の毎朝恒例行事は知っている。部活前ならともかくこんな寝起きで乾と2人っきりにするのは猛反対したかったが、不二の毎朝の楽しみに水を差すのも気が引け、何も言いはしなかったのだが―――
 「初日から裏目に出たか・・・・・・」
 明日からは全員の目の前で飲むよう言い聞かせよう、と心に固く誓っていると、
 「う、ん・・・・・・」
 不二があっさりと目を覚ました。どうやら薬への耐性も人並み外れてあるらしい。
 「あ、手塚、おはよう」
 「大丈夫か不二」
 「大丈夫って・・・・・・?」
 手塚の腕の中で身じろぎする不二。
 「・・・あ、ちょっと寒いかも」
 暫しぼけ〜っとしてからのそんな答えに、手塚が肩をコケさせた。ボケたのではない。本気で先ほどまで自分が何をされていたのかわかっていない。今の自分を見てもなお。
 「あれ? こんなに浴衣乱れてる。僕って寝相悪かったのかなあ・・・?」
 もぞもぞと浴衣を直す。先ほど乾が思った通り、それは確かに色っぽい姿なのだが―――
 (頼むからもうちょっと自覚してくれ・・・・・・!!!)
 手塚はこの無自覚子悪魔に心の中で涙したのだった・・・・・・。



2.掃除その1 ―――対英二






 ―――不二と乾が隣同士の部屋で毎朝不二が乾汁を飲んでいる。<
Smash Hit!>オリジナルアニメよりのネタでした。まあそれは洋室でしたが。ついでに不二先輩、パジャマの前はけっこう開けてます。最初中途半端に映った時てっきり前全開なのかと思いました。

2003.8.9