2.掃除その1 ―――対英二
「不二〜〜〜!!! 大丈夫だった〜〜〜!!???」
「え? 何が?」
涙を流して抱きつく英二に、不二がきょとんとした。
風呂場掃除を割り当てられた英二。しかし同じ風呂場掃除の不二が来るまでひたすら心配で掃除など手に付いていなかったのだ。
「だから! 乾とか手塚とかにヘンな事されなかった!?」
「変な事? ううん、別に。乾に新作汁貰って、あと今日は2度寝しちゃったっから手塚に起こされただけだけど?」
(乾のヤローーー!!!)
馬鹿っぽい言動が多いが、英二はかなり頭の回転が速い。曰く『切れるタイプ』。これだけヒントを与えられれば起こった事を推測するのはたやすい事だった。
バックに黒い稲妻を疾らせ、乾にこの粛清を如何に下そうか悩む一方、やはり手塚のみに任せず自分も無理矢理ついて行けば良かったと後悔する英二。そんな彼を首を傾げて見つめ―――
「変な英二」
あっさりそう結論づけて不二はさっさと掃除に取り掛かった。
「まずは、水をまいて、と・・・・・・」
ただの宿泊施設とは思えぬ豪華な露天風呂。その石畳にホースで水を撒いてモップをかけて・・・・・・
「―――うにゃ!?」
掃除をサボって佇む(不二視点)英二の頭上へホースを向ける。孤を描いて広範囲に撒き散らされた水は、避ける間もなく英二へと的確に降り注いだ。
「あはははははは!」
「って不二〜!!!」
「サボってる英二が悪いんじゃない」
「言ったな〜・・・!!
―――この!!」
「うわっ!!」
今度は逆に英二が水を撒き散らす。
「英二! 冷たいって!!」
「ほ〜らほ〜らくらえくらえ〜♪」
「だったらこっちも―――!!」
「負けないからにゃ〜!!」
―――と、ひとしきり勝負を終えたところで、
「は〜。もうびしょびしょ」
「いいじゃん。そのための半ソデ短パンっしょ」
「まあそうだけど・・・、まさかここまで濡れるとはねえ・・・・・・」
「始めたのは不二」
「続けたのは英二」
「・・・・・・どう考えてもお前のせいじゃん」
「君がちゃんと掃除やってればこんな事しなかったよ」
「ホントかよ?」
疑わしげに英二が尋ねる。この親友は見かけに寄らず子どもっぽい面がある。だからこそ自分と親友でいられる、とも言えるが。
「さあ?」
そんな英二の予想通り全く否定する素振りを見せず、不二は掃除に戻った。
再び地道に水かけ、そしてモップ。さらに水ですすぎ。
ひたすら単調に行なわれる作業。しかし完全に単調と言えるわけでもなく―――
「むう」
綺麗に詰まれた椅子と洗面器を見下ろし、不二が軽く唸った。この下も掃除しなければ。しかし両手はホースとモップで埋まっている。英二ならモップでこの山を崩すだろうが、それをやると散らばったものを片すのに余計なめんどくささがかかる。
「仕方ないなあ」
考え、不二の取った手はモップを脚で挟んで片手を空ける事だった。そんな事せずともモップを下に下ろせば解決したのだが、『両手が埋まっている』という固定観念を持った時点で不二の頭からその考えは削除されていた。
まあなんにしても問題は解決した。再び掃除をスタートさせる不二の後ろで―――
「―――!!??」
(に゙ゃ!? に゙ゃ!? に゙ゃ!?)
たまたまそのタイミングで不二の方を振り返った英二。目の前に広がる、不二のあられもない姿に大口を開けて固まった。びしょぬれ状態で、膝をぴったり閉じ腿に棒を挟み込む不二。濡れた服はその下にある薄い筋肉と綺麗な骨格を半端に露にし、ヘタな全裸よりもよっぽど目には毒となり、さらにその状態でそんな事などやられては・・・・・・!!
(ヤバ・・・・・・!!)
予感的中。ハーフパンツの下はかなりヤバい事態に侵されていた。
(あ、でも今誰もいにゃいしv)
―――そんなワケで、英二は本能の赴くまま行動する事に決めたのだった。
● ● ● ● ●
「ん? 英二、何?」
「にゃんでもにゃいよ〜♪」
「けど―――」
「気にしにゃい気にしにゃいv」
「そう?」
後ろからそ〜っと近付いた英二。いきなり抱きつかれそれでも普通に対応してくる(いつもなんだかんだ言って抱きつきまくっているのだから当り前だが)不二に笑顔で即答する。
抱きつかれたまま肩を竦め、不二が作業に戻った。とりあえずまず洗面器をどけ終わったのでモップをかけようとし―――
「ん―――」
英二に後ろから耳を舐められ、くすぐったさに動きを止めた。英二の、猫を彷彿とさせるこんな行為は珍しくない。こんな感じで耳やら顔やらを舐めてくる。だから不二もいつものように―――
「もう。英二ってば甘えんぼだなあ」
笑いながら振り向き、英二の唇にキスをする。残念ながら不二家では動物の類を飼っていないため動物との接し方があまりよくわからないのだが、テレビなどでは飼っている動物にこのような行為をするのは普通である(と不二の中ではインプットされている)。
と、
合わせた唇から、舌が入り込んできた。
「ふ、ん・・・・・・」
「あ・・・・・・」
暫し続く、ディープキス。
力の抜けた不二の体を、抱き締めたままの英二が支えた。
とろんとした目つき。悩ましげな吐息。
口の端から水ではないものを溢れさせ、健気に訊いてくる。
「何のつもりさ、英二・・・・・・」
「気持ちよかった?」
「そりゃ―――よかったけど・・・」
「ならいいじゃんv」
「でも・・・掃除の途中・・・・・・あ!」
なおも渋る不二。持ちかけていたモップの柄を、英二も掴んだ。
掴んで、前後に動かす。
「ん・・・! やん・・・! 英、二・・・!!」
不二はもちろん知らない事だが、朝乾に煽られたまま半端に終えられたせいで普段以上に敏感になっていた。
それを悟り―――英二がにやりと笑った。先程の行為といい、2人の間ではこの程度は日常茶飯事である。だが、不二がここまで反応してくれる事は滅多にない。(不二本人は無自覚のまま)大抵あっさりかわされ終わる。
「もっと、気持ち良くしてあげるからv」
「ん・・・、何、で・・・?」
「ご主人様に奉仕すんのがペットの役目っしょ?」
「それ・・・猫じゃあんまり言わないんじゃないかなあ・・・?」
「俺は不二にはいつでも忠実だからv」
「まあ、ね・・・・・・」
呟いて、不二が目を閉じた。完全に抜けた力。寄りかかる不二の頬にキスをし、英二が服の下に手を突っ込もうとして―――
ガラッ―――!!
「―――菊丸、何をしている?」
「ゔ・・・! 手塚・・・・・・!!」
「―――ああ、手塚」
いきなり開く扉、そしてまたしてもこの人の乱入。
それよりもむしろ英二の硬直が伝わり、不二が目を開けた。
開けて―――答える。
「何って、もちろん掃除だけど?
―――ああ、ごめんね、ふざけちゃってて。ちゃんと時間までには終わらせるから走らせるのは勘弁してくれると嬉しいな」
「ふざけ、だと・・・・・・!!??」
びしょぬれで、後ろから英二に抱き締められ、しかも抱き締める英二の両手は服の下へと突っ込まれていて―――
「そ、そーだよ手塚! 俺達はただ掃除―――とあとちょっとふざけてただけだって!!」
ぱっと英二が手を離し―――かけ、不二が倒れそうだったので今度は普通に体を支える。
「・・・・・・・・・・・・」
どこをどう見ても『ふざけ』の範疇ではないのだが、英二はともかくされてる不二は完全無自覚。決して英二をかばっている訳ではなく、本当にそう思っているのだ。
今ここで真実を明らかにしてもいいが、それは不二の中での価値観を完全に変える事となる。そして―――
―――今まで何度もそれを実践しようとし、しかしながら一度たりとも成功した事はなかった。
ため息をつき、手塚は別の手でいく事にした。
「疲れているのか? 不二。だったら無理はせず部屋に戻れ」
「え? でも・・・」
「ここは大丈夫だ。残りは菊丸が全てやる。
―――そうだろう? 菊丸」
「も、もちろん! だから不二は部屋戻っていいよ!」
ぶんぶんと首を縦に振る英二。ここで変に歯向かえば宿周り何周となる事か・・・!!
「体も濡れているし、そのままでは風邪を引くぞ」
「でもそれは英二も―――」
「だ〜いじょ〜うぶいv バカは風邪ひかないって言うっしょ?」
「それもそうだね」
あっさり頷き、不二がそれじゃ、と言い残して去っていく。
それを見送り―――
「菊丸、お前は普段不二と何をしている・・・・・・?」
「え? にゃにかにゃ〜? 俺さっぱりわかんにゃい〜」
「菊丸、宿周り―――」
「さ〜って掃除掃除っとぉ!!!」
―――なんだかメイツってこのくらいやってても不思議じゃなさそうな・・・(顔舐めと軽いチューくらい)。
2003.8.9〜10