4.入浴 ―――対桃&河村
部活が終わり、食事の前にひとっ風呂浴びようと決めた桃と河村。さっそく露天風呂へと向かい―――
「お〜! ひっれ〜!! ここが貸切かあ!!」
「う〜ん。スゴイね・・・
―――って、桃」
「何スか? タカさん」
「あそこ・・・・・・」
「え?」
指差す河村。桃もまたそちらを見やる。風呂の中、湯気の向こうから・・・・・・
「―――やあ」
「「不二(先輩)!?」」
「2人も汗流しにきたの?」
「まあ・・・・・・」
「そう、っスけど・・・・・・」
浴槽の縁に肘を乗せ話す不二に、2人が曖昧な返事をした。
「・・・どうしたの?」
「ロッカーに、荷物なかったもんで・・・・・・」
「てっきり俺達だけかな、って・・・・・・」
「ああ。端に置いておいたからね。気付かなかったんじゃないかな?」
((まさか・・・・・・))
他の人のならともかく不二の荷物を気付かないわけがない! 別に変態ストーカーとなったわけではないが(そう思うのは本人たちだけ)、それは断言できる。
「ま、まあ・・・」
「とにかく・・・・・・」
「体洗って、汗流そうかな、っと・・・・・・」
多少どころではなくぎこちない様子ながら、とりあえず2人は不二に背中を向け端に取り付けられているシャワーの前に腰を下ろした。
(ふ・・・不二先輩と、風呂・・・・・・)
(今ここで後ろ向いたら、不二が・・・・・・)
ばくばく言う心臓と興奮する下半身を押さえて頭を洗う2人。目を閉じ、その分敏感となった耳に歌声が聞こえてきた。
((うええ!!??))
思わず振り向く。もちろん歌の発信源は風呂に浸かるこの人。
軽く体を倒し、上に伸ばした手を見つつ鼻歌を歌う不二。それは普段からよく曲を聴く桃からしても、ヘタな歌手より遥に上手く―――
「―――あれ?
あ、ごめん。声出てたね」
自分をじっと見る2人にようやく気付いたか、つい・・・と不二が照れ笑いを浮かべた。
((か、可愛過ぎる・・・・・・・・・・・・////))
「い、いえ別にそんな・・・・・・」
「そうそう。俺達の事なんて気にしなくていいよ・・・・・・」
2人にとっては紛れもない気持ち。自分達の事なんて気にしないで歌って欲しい! その美声を聴かせて欲しい!!
・・・・・・が、そう言われて気にせずいられる人は少ない。わざわざ自分達の存在を消すかのように元の作業に戻る2人の後ろで、歌声ではなく大きく水の跳ねる音がした。
水温と、足音。
「(あ〜もう出るんスね・・・・・・)」
「(うん・・・。けどこれ以上ここにいられると俺達が持ちそうにないような・・・・・・)」
小声で囁きあう2人を他所に、タオルを持った不二は―――
―――2人の隣に座った。
「え?」
「不二、もう出るんじゃ・・・・・・」
「あはは。実は露天風呂早く入りたくって、体洗ってなかったんだよね」
黙っててね、と人差し指を口元に当て笑う。そんな姿も可愛くて・・・・・・。
「大丈夫だよ不二!」
「そうっスよ、俺達絶対誰にも言いませんから!!」
「・・・・・・そう?」
(そこまで意気込むことでもないと思うんだけど・・・・・・)
まあこの2人はレギュラー達の中でもハイテンションな2人だ(厳密にはあと英二も入れて)。何事も盛り上がるのが好きなのだろう。
というワケで、
「ありがとう」
不二はくす、と笑って礼を言った。これまた―――と続けるともうクドいので後は省略するとして。
さっそく頭を洗おうとシャワーの温度を調節し、首を曲げ髪を前に垂らす。普段隠れている項が露になった。
「「〜〜〜〜〜〜!!!???」」
白くて細い項。流れるお湯が光を乱反射し、より肌を光らせる。
―――2人が固まる間にもしゃこしゃこと頭を洗い終わった不二。体を洗おうと膝にかけていたタオルを取ろうとし―――
「あ、不二先輩! 俺が背中流しますよ!」
「え・・・?」
「も、桃・・・!!」
突如桃が自分を指差しそんな事を言ってきた。バレバレなその狙いに、止めようと声を上げかける河村。が、
「じゃあお願いしようかな?」
「ういっス! 任せてください!!」
何も気付かない不二は笑顔でその『親切』をありがたく受け取る事にした。先程「嫌われてるんじゃないか」などと思っていた彼にとって、たとえその心配外であるレギュラーのものだとしても後輩からのそんな誘いはこの上なく嬉しいものだった。
「じゃあお流ししま〜す!」
不二の後ろに陣取り、適度な温度にしたお湯を洗面気で背中へと流す。次いで泡立てたタオルを当て、
(キッレーな背中だな〜・・・・・・)
傷やシミなど一切ない背中。造り物かとついつい疑いたくなるが、ぺとりと触わった手の平からはお湯とは違う確かな温かさが感じられた。
(力、入れない方がいい、よなあ・・・・・・)
自分を洗う時は性格そのままに大雑把にごしごしと洗う。が、この白い肌相手にそれをやるとすぐに傷付きそうだ。
(この位、かな・・・?)
「ふふ・・・。くすぐったいよ、桃」
「あ、すんません・・・」
「けど・・・気持ちいいよ」
眠りそう、と言い、本当に目を閉じる不二。そのまま頭が下がる。
「え? 不二、先輩・・・・・・?」
桃が背中を洗う手を止め呼びかける。一切反応は返ってこない。
「もしかして・・・・・・本気で寝た・・・・・・?」
「みたい・・・だね・・・・・・」
不二の隣で心配げに見守っていた河村も同意する。同意して―――
「も、桃!?」
再び、しかし先ほど以上に動揺した声で呼ぶ。タオルを落とし、背中から前へと手を回す後輩を。
が、
「タカさん静かに! 今がチャンスっスよ!?」
「ちゃ、チャンスって・・・、何がだよ・・・・・・!?」
「気にならないっスか・・・? 不二先輩のココ」
声を潜めて言いながら、桃が膝に掛けられていたタオルを突付く。
「う・・・、ん・・・・・・」
丁度『何か』に触れていたか、不二が小さな寝言を上げた。河村が真っ赤になる。
「い、いやそんな俺は・・・////!!」
「あ、ホラホラ。やっぱタカさんも気になってんじゃないっスか」
河村の赤ら顔をそう判断したらしい。桃はさらにそこに手を這わせ、タオルの上からなぞり上げた。タオル越しに露になる形。やはり女顔のアイドルだろうが不二は男であるというのの最大の証拠にして―――今まで誰も見た事のなかったそれ。着替えはもちろん、トイレですら扉を開け不二を発見した途端誰もが身を翻し違う場所を探す。みんな不二に対しては夢を抱いているのだ。そのような現実的極まりないパーツは見たくない!
―――のだが。
世の中好奇心旺盛な輩というのはどこにでもいる。そして得てして好奇心旺盛というのは、『秘密を暴く事が好き』というのと同義語として用いられやすい。今の2人―――少なくとも桃は完全にこの1人だった。
「ホラホラ。すげえっスよ。やっぱ不二先輩も俺達と同じだったんスね・・・・・・」
「は・・・あ・・・・・・」
タオルの上から緩慢に擦っていく。それでも充分な刺激になったようで、不二の反応が大きくなる。反応と共に、隠されたそれもまた。
「ん・・・、
―――あ・・・・・・」
『ゔ・・・・・・!』
2人の呻きがぴったり重なった。さすがにやりすぎたらしい。うっすらと開かれた瞼から、まだ焦点の合わない碧い瞳が覗き出す。
ここで、桃は最後の賭けに出た。
「タカさん! チャンスは今しかないんスよ!?」
秘技。勢いだけで相手を乗せよう作戦。
わざわざ『秘技』などと言うほどのものでもないのだが、このような事態においてこの作戦はかなり有効だ。パニクった頭は最初に下された指令をその真偽を確認する余裕もなく実行に移そうとする。
実際河村も先ほどまでの迷いはどこへやら、バーニング状態の如くノリだけで行動へと走った。
「ごめん不二!」
「え・・・?」
それでも残った良心で心から謝り・・・・・・不二の両手を頭の上で拘束する。
「ナイスタカさん!!」
「え・・・? タカさん・・・? 桃・・・? 何・・・・・・」
戸惑う不二を他所に、桃がついに禁断のベールに手をかけ―――
ばたん!!
「お前らはまたしても何をやっている!!??」
「うお!! 手塚部長!!」
「手塚・・・・・・」
またしても乱入してきたこの人に、2人揃ってずざざざざっ! と後退した。
「何、って・・・・・・」
「ええっと、その・・・・・・」
とっさに何も思い浮かばず頭を真っ白にする。動揺と、罪悪感と。迫り来る後悔の念に黙り込む2人に代わり、
「ああ、背中洗ってもらってたんだよ」
あっさりと、不二がそう断言した。
「背中、だと・・・・・・?」
手塚の口元が引き攣る。先ほど見せられた一瞬の光景、2人の手はどう考えても背中にはなかった。
ぎっ、と2人を射殺す勢いで睨み、それでも口調は冷静を保ちさらに不二に問う。
「ならば、今お前達は何をしていた? とても背中を洗っていたようには見えなかったが?」
「え〜っと・・・・・・。
ああ、僕寝ちゃってたからね。全身洗ってくれようとしてたんじゃないかな? ありがとう」
「え、ええそうっスそうです!! ね! タカさん!」
「そ、そうだね・・・!」
不埒な行動のイイワケをしてくれた挙句なぜかお礼まで言われ、2人がかくかくと頷いた。
それは無視し、手塚は不二の全身に目を走らせた。それだとわかる物的証拠は残されていない。1箇所除いて。
「不二、ではお前にもうひとつ聞く。
―――なんだそれは?」
目線だけで座ったままの不二のタオルを指す。タオルの中心を持ち上げているそれを。
「え・・・?
―――あっ!」
言われ、不二も初めて気付いたらしい。視線を下ろし、膝をすり寄せ体を前かがみにして必死に隠そうとする。
「あ、あのそのこれはその・・・・・・!!」
こちらもイイワケが思い浮かばずパニクる不二。頬を赤らめ瞳を泳がせる。極めて珍しい場面に3人で見惚れていると・・・・・・
「べ、別にタカさんとか桃とかをそういう目で見てたんじゃないよ・・・? た、ただその夢の中でなんかすっごく気持ち良くってだから・・・・・・。
―――ご、ごめん!!」
居たたまれなくなったらしくダッシュで出て行ってしまった。
甘い雰囲気が去っていく。その後に残されたのは限りなく寒い空気。
「と、不二はああ言っていたが、改めて聞こうか。
貴様らは何をやっていた・・・!?」
その後、風呂場には2人の悲鳴がいつまでも木霊していたという・・・・・・。
● ● ● ● ●
「全く・・・!!」
風呂場から出て、誰に向けてだか呻く手塚。そろそろ出てくるかと持ち出していた不二の衣類を持って来ていたのだが・・・・・・、
「せっかく不二が風呂に入っているとわからないよう細工しておいたのに、これでは逆効果ではないか・・・!!」
これでも一応効果はあったのだ。ふらりと消えた不二がもしや風呂に入っているのでは、と思ったのは自分だけではない。先手を打って隠しておいたおかげでその後様子を見に来た英二・リョーマ・乾の魔の手を逃れたのだ。脱衣所で残念そうに舌打ちする彼らを引きずり出し説教をしている間にまさか第2弾が来るとは・・・・・・。
「ん・・・・・・?」
そこで気付く。持ってきていた不二の衣類はここにある。戻しておこうと思い、入ったところで即座に騒ぎに気付き、結局今だ戻していなかった。
そして―――肝心の不二はここにいない。先程の様子では、熱を冷ましにトイレかあるいは自室へ向かったのだろう。この場にいたのではすぐに自分が出てくる。
さてここで問題。では不二は一体何を着てこの場から出た?
「――――――!!!!!!」
最悪の事態勃発。一気に血の気の引く手塚の耳に―――というか脱衣所のすぐ外で切羽詰った声が響いていた。
『やっ・・・! 駄目・・・!!』
『え〜。いいじゃんいいじゃん』
『そうっスよ。別に同じ男なんだから恥ずかしがる必要ないじゃないっスか』
『全くそのとおりだ』
「くぉらあああああああああ!!!!!!!!」
血管をかなりの単位ぶち切って脱衣所の扉を開ける。想像どおり、廊下では不二vs英二・リョーマ・乾によるタオル争奪戦を繰り広げていた。
毎度恒例の部長乱入に、驚きの声すら上げず速やかに撤退していく3人。
かろうじて間に合ったようだ。解けはしたがそれでもタオルで隠したまま座り込む不二に声を掛けようとして、
「見ないでよ!!」
「うおっ・・・!!」
先ほどからの事態に完全に錯乱したらしい不二に、叫ばれビンタを食らった。
「手塚の馬鹿あああああああ!!!!!!!」
「待て不二・・・!!」
上げた手は去り行く不二へと届かず。
行き場を無くした手を下ろし、思う。
「俺なのか・・・? 悪いのは・・・・・・」
―――手塚がむやみに不幸です。行動完全空回り。しかし実は1年のころからずっとそうだったり。じゃなかったらとっくにくっついていたでしょうに。
2003.8.10〜2004.5.8