インターミッション.部活前ミーティング ―――対榊
「―――監督!」
特別棟最上階の端っこにある音楽室前の廊下―――こう書くとまるで音楽室が嫌われているかのようだが、音響効果(別名煩さ)を考えればこのようにあまり人気のない場所にあったとしても不思議ではない―――にて榊を呼び止めた跡部。榊が振り向くのを確認するより早く、ファイル片手に軽い足取りで駆け寄る。
「跡部か。どうした?」
「今日の練習の事についてですが―――」
「うむ」
8cmという身長差だけが理由ではない上目遣いで見上げられ―――榊は動じる事無く頷いた。跡部の目線の動かし方は、そのまま彼の中での相手の地位を指す。ならば部員たる彼が監督である自分を『上』に扱うのは当然の事だ。・・・・・・ただし表面上の地位とそれが比例しないのが難点ではあるのだが。彼は本気で自分が認めた相手にしか敬意は払わない。
―――とすると自分は相当彼に敬われているらしい。その事に僅かながらも優越感を感じないわけではない。立場としては同じであるはずの他の教師たちですら跡部は見下している。
「・・・・・・監督?」
呼ばれ、ふいに我に返る。どうやら考え事に没頭しすぎていたらしい。訝しげな跡部の顔を見、そういえば肝心の彼の話を全く聞いていなかったことを悟る。
「む・・・何でもない。それで今日の練習についてとは?」
「はい。ですから―――」
再び始まる説明。ファイルを広げ―――
互いに見やすいようにだろう。跡部がさりげない動作で前から隣に移動してきた。
「正レギュラーを中心に個々人の能力は上がっています。ただしあくまで『練習中』において発揮されているに過ぎないため、実際試合時ではどこまでそれが活かせるかがカギではないかと」
さらにページをめくる。それに合わせて頭が動いた。さらさらの髪が揺れ、ほのかな甘い香りが漂う。彼が普段つけている香水とは違う、ほとんど触れ合わなければわからないほどの弱い香り。
それはシャンプーの香りだった。ただしそれを知る者はほとんどいないだろう。跡部は本当に自分と他者との関係を表面に現すのが上手い。先ほどの目線然り。また距離というのも然り。たまたま廊下ですれ違った、などというのを別にすれば―――ついでに普通の生徒や教師ならば跡部が来た途端脇に引くためあまりそういう事も実際ないのだが―――、だいたい跡部と他人との距離は一定だ。どうでもいい相手には遠距離。彼の管轄下である部員となるともう少し近く、まあそれこそファイル1つを挟んだ程度。肩が触れ合うほど、少し手を伸ばせばすぐに触れるほどとなると正レギュラー程度。こう考えると、普通に跡部に抱きつくジローがどれだけ彼に許されているかわかるだろう。そして、跡部自らが望んで近寄る自分もまた。
「なるほど」
頷きながら、榊は右手で跡部の腰を抱き寄せた。引き寄せられるままに躰の向きを変えた跡部がすっぽりと収まった。
「監督・・・?」
再度の呼びかけ。きょとんとこちらを見上げてくる跡部の、意外と大きな青い瞳。普段は牽制のため睨め上げるように半分閉じられているが、普通に開くと下手な女子より大きい。こんな事を知る者もまた少ないのだろうが。
呼びかけは無視し、『ミーティング』を続ける。
「それで、お前はどうしたいと?」
言葉を聞き、跡部の目が元に戻った。『氷帝男子テニス部部長』の目へと。
「はい」
1つ頷き、持ちっぱなしだったファイルを閉じて掲げる。従順な彼。この場で求められるのは『跡部景吾』という個人ではなくその肩書きだと、誰よりも知っている。
「正レギュラー同士で練習試合を―――」
・・・の先は、榊の口の中に消えた。
「ふ・・・は・・・・・・」
拘束する腕の中で、一切抵抗せずどころか上を向きより受け入れようとする。それでありながら―――差し入れたれた舌に自ら舌を絡め、吸い付いてすらいるのに―――決して跡部は自ら求めようとはしない。ただおとなしく、与えられる快感を受け入れるだけ。いや、
(与えられる事態に対して最上の応対をする、か・・・)
『大人しい』のではない。ある意味ではジロー以上に『子どもっぽい』のだ。大人とは比べものにならない柔軟性を持つ『子ども』は、接する相手の望むままの『自分』を平気で造り出す。
現に今も。
「監督、人が来ます・・・・・・」
胸の中で小さく呟き、離れようと弱い力で押しやってくる。跡部自身が本当にそれを心配しているのではない。こちらの胸の内にある僅かな不安と罪悪感をあえて先に表面化する事で、こちらの行動の後押しをしているのだ。
わかった上で、榊もそれに乗った。
「大丈夫だ。ここになど人は来ない」
「ですが・・・・・・」
目線を彷徨わせためらう跡部を力強く抱き締める。腕の中で、跡部が力を抜いた。されるがまま、の意思表示。それでありながら手に持つファイルを落とさない辺り、結局この時点において、彼は全てを感情ではなく理性により支配しているのだろう。
だからこそ、崩してみたいと思う。『自分の望む跡部』ではなく『跡部景吾』自身に触れてみたいと思う。
「ん・・・・・・」
背中に回した手を背筋に沿って滑らせ、そのまま下に下げていく。ズボンの上からながらも双丘の間をなぞられ、跡部が小さな声を上げ躰を震わせた。それもまた、意識した上での所作だろうか。
「跡部・・・・・・」
呟き、囁き。榊は元々ゆるめられていた跡部のネクタイをさらに緩めた。首から掛けられるだけとなった紐。ボタンもまた、1つ1つ外していき―――
「―――監督〜?」
遠くからする間延びした声に、始まり同様さりげない仕草で2人の距離が離れる。
まるでそれを待っていたかのようなタイミングで現れたジローが、2人を―――特に跡部を見て首を傾げた。
「あっれ〜? 跡部。どーしたの?」
「部活前のミーティングだ。お前こそどうしたんだよ? ジロー」
「俺?」
逆に問われ、ジローは自分を指差しあはははは〜と笑った。
「授業中寝ちまって、これから補習〜」
「って言いながらも寝そうじゃねーか・・・」
「ええ〜? そ〜んな事ないってよ」
「説得力ねえ・・・・・・」
片手で頭を押さえて呻く跡部。くるりと振り向き榊を見やる眼差しは、それこそいつも通りの『氷帝男子テニス部部長』のものだった。
「監督、それで今日の練習は―――」
「ああ。お前の言ったとおりで構わない。他の部員たちへの練習は考えてあるか?」
「もちろんです」
「ではそれでいい。私は少し遅れていく。後は任せたぞ、跡部」
「わかりました」
応え、跡部が軽く頭を下げ去っていく。途中でジローとすれ違い、
「跡部〜。前どーしたの? 開けっ放しで」
「別にいーだろ? どうせこの後着替えんだ」
「別に俺はいーけどさ・・・・・・」
前全開でYシャツをなびかせつつ、清々しいまでの爽やかさで言い切り歩き去る跡部。自分で訊いておいてなんだが何とも返事の仕様がなく、ジローも適当に流した。
流して―――榊に軽く向き合う。
「監督〜・・・。
―――俺邪魔でした?」
「・・・・・・いや、構わん」
「やっぱ邪魔で―――」
「さあ始めるぞ、芥川」
「ふあ〜い。
―――そういえば監督〜。跡部最近シャンプー変えたって言うんですけど、ぜってー前の方がよかったって思いません? あの匂い、香水と被るしそれに匂い付きシャンプーじゃ汗の匂いとか全部消されるし。
ああ、あと最近女テニが弱いって事で、跡部に女装させて試合出すって案はどうかってみんなで検討中なんスけど監督もどうです? けっこーいい案だって思うんですけど。目ぇ大きいし顔綺麗だし体細いし。あ、これまだ跡部に秘密にしといて下さいね」
「芥川」
「はい?」
「補習量は授業中に言ったものの3倍とする」
「ぅええっ!!??」
―――う〜みゅ榊×跡部。従順な跡部なんぞという極めて珍しい物件が書ける事を利用し、ヤバさを全面的に押し出す筈が・・・・・・なぜか妙に精神論になってますね(それもまた誤)。しかもそこだけに力入れすぎた結果途中で飽きたのバレバレ・・・。跡部視点で書くべきだったか・・・・・・。しかしこのシリーズの跡部は小悪魔ちゃん。むしろそっちで書くと弄ばれる榊なんぞという珍しいを通り越して在り得ない榊が書けたのか・・・!!
そしてジローと榊。・・・・・・本気で監督遊ばれてるな〜。かっこ良い監督好きの方という以前に榊監督、本当に申し訳ありません。
2004.5.31