過去の清算〔跡部×周〕
Side周
「周! アンタ跡部先生と知り合いってホント!?」
「え・・・? う、うん・・・」
「じゃあ丁度よかった! コレ、跡部先生に渡してくれない?」
「あ、私も私も!!」
と、複数の『友人』から渡されたもの―――封筒入りの手紙だの可愛くラッピングされたプレゼントだのを受け取り、
「うん。いいよ」
周はにっこりと笑って快諾した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「・・・・・・なんて、本気で渡すとでも思った?」
放課後、自分以外の誰もいない、誰も見ていない教室で。
周は手紙を破り、ラッピングは引き剥がし中に入っていた手作りクッキーを上履きで踏み潰した。
金属製のゴミ箱の中にそれらを突っ込み、火のついたマッチを上から放り投げる。さすがほとんど紙。あっさりと燃えていく。
満足げに頷き、ゆっくりと頭を巡らせた。担任であるかの人物の机へと。
近寄る。生真面目な彼の性格をそのまま現したように整頓された机。手を伸ばし、
「景お兄ちゃんは、誰にも渡さないよ・・・・・・」
呟いて、周は机の上に身を横たわらせた。まるで彼本人の胸にそうするように、もたれかかる。
耳を当て、頬をくっつけ、舌で舐め。
愛撫するようにゆるゆると手を動かす。動いた手が、ふいに机から落ちた。
引出しの取っ手に引っかかる。からからと開け、少し中に手を伸ばせば目的物はすぐに取り出せた。いつも使っているペン。使う物は手前にという収納の大原則を見事に守った結果のようだ。そういえば文房具などを入れたこの段、彼が5センチ以上開いたところを見た事がない。
「そんな事も、知ってるくらい、よく見てるんだよ・・・・・・」
他にも知っている。例えばいつももらうラブレターの工夫0な文面にため息をついている事も。毎日超一流シェフの料理に慣れ親しんだ舌にど素人の作るお菓子は合わないという事も。
そしてそれでありながら決して彼は嫌がる事もなく全て受け取っている事も。それが彼の優しさだ。自らの手で人を傷付けるような行為はしない。
―――彼は誰より優しく・・・誰より酷い。
だから・・・・・・
「僕が言ったら、きっと受け入れてくれるんだろうね」
そして、自分が望む通りの関係となってくれる。・・・・・・・・・・・・同情で。
「そんなの・・・まっぴらだよ」
血反吐を吐く思いで呟き、周はペンごと手を下へと下ろしていった。寝転んだまま、スカートをめくり、下着の隙間から中へと入れて・・・
「う・・・ん、ん・・・・・・」
もう随分と手馴れた行為。やはり10歳上に姉がいるからだろうか。不二家ではこの手の情報―――早い話が年齢制限の設けられた番組や雑誌など―――に対し、家族も進んで止めようとはしなかった(別にだからといって進んで見ようとも思わなかったが)。
男子の夢精ではないだろうが、夢でそのような場面を見る事もあって・・・さらに自分がされているのを見たりもして。
その相手は常にたった一人だった。自分が心から兄として慕っている存在。
―――『周』
耳元での囁きは現実にあったのかそれとも妄想の賜物か。もうそれすらも区別がつかないほどにどちらも比重としては同じになっていた。
だから・・・
「景・・・お兄ちゃん・・・・・・」
現実の、絶対に手の届かない彼に呼びかけるように、
妄想の、自分の髪を撫でキスしてくれる彼に呼びかけるように、
周は、震える声音で小さく呟いた。
教室の隅にある小さなゴミ箱では、ようやっと全て燃え尽きたか煙が収まっていっている。
こんな事をしてどれだけの意味があるのか。彼にとって女子中学生などただの子どもだろうし、自分などその筆頭だ。
その見た目や暮らし振りから常に派手な噂の絶えない跡部。自分が知る限り彼が誰かと付き合っていたりする事は一度もないが、だがあくまでそれは『自分が知る限り』。隠そうと思えばいくらでも隠す方法などあるだろう―――尤も彼が自分にそれを隠す理由もないのだが。
「や・・・だ・・・・・・!」
頭の中に自然と浮かんでくる、跡部が自分以外の誰かを抱く場面。消し去りたくて、がむしゃらに手を動かして・・・
「―――念のため言っといてやるが、そうやって傷付けて出た血を『処女の証』とかホザくのは思いっきり間違ってるからな」
「―――っ!!」
がしり、と手を掴まれる。耳元に届いたその声は―――
「け・・・跡部先生!?」
「何やってんだ? てめぇはわざわざ人の机の上で」
目を見開いて叫ぶ周とは対照的に(とは必ずしも言いがたいが)、現れた跡部は僅かに目を開いている程度で、その他はごく普通だった。普通に見下ろし普通に肩を落とし普通にため息をつき。
「あ・・・・・・」
普通な彼が、見下ろす自分。
彼にとっては、決して『普通』―――彼を慕う妹ではない自分の姿。彼愛用のペンを飲み込み、一人妄想の渦に溺れるこんな自分を、彼は一体どう思うのか。
「こ、これは違・・・!」
否定の言葉を並べつつ身を起こそうとして―――
「―――痛っ!」
躰の奥を引っかかれる痛みに短い悲鳴を上げ再び寝転ぶ。ペンを刺しっ放しで、かつ跡部の手により固定された状態で身を起こせば当然起こる惨劇。
本当に今のでどこか傷付けたらしい。つーっと腿を垂れていく生暖かい感触とサビくささに、先にそれを直視した跡部が顔を顰めた。
呻く。『跡部先生』としての態度でではなく、日々自分の手を焼かせる事にばかり知能を発達させていっているとしか思えない妹に対する兄としての態度で。
「だから注意したじゃねえか」
「今のは景お兄ちゃんのせいじゃないか」
だからそれに合わせるように、周もまた妹としての態度で恨めしげに見上げた。
「はいはい悪かったな俺のせいだよったく」
頭を掻き上げつつ棒読みで呟き、
「あっ・・・!」
ずるりと、一気にペンを引き抜かれる。
肩を押さえられ仰向けにされ、下着まで脱がされて―――
「ンなモンで満足してんじゃねえよ」
「え・・・?」
小さな彼の呟きに問い掛ける―――ヒマもなく。
「ひゃっ!!」
しゃがみ込んだ跡部に血の流れた辺りを舐められ、周が限界まで空気を吸い込んだ。
「け・・・お兄ちゃん・・・、何・・・・・・?」
「消毒だ」
即答で返す跡部。本当にそうとしか考えていないのか、極めて普通の口調で言ってくる。
言って―――また脚の間に頭を突っ込む。
「あっ・・・、そん、なの・・・いい・・・・・・」
拒絶する頭と言葉とは別に躰は本能に忠実で。表面に当たる艶かしい刺激と妄想の現実化に、今すぐにでも受け入れようと脈動を繰り返している。
たらたらと、流れる液の量は先ほど同じ場所から流れた血の量を遥かに上回り。
「うん・・・ん・・・・・・。
―――あっ!」
早々と達する。自分独りでは決してない程に。やはり現実の跡部は妄想のそれよりも比重が重いようだ。
くたりとへたり込む周を抱き止め、再び机に寝転がらせて。
「欲しいんだろ? だったらくれてやるよ」
ズボンのファスナーを開けつつそれこそいつもの様で言う跡部。いとも無造作に入って来たそれに、
周の中で、興奮が一気に冷めた。
「・・・・・・いらない」
弱々しく首を振る。口調は弱々しく。しかし跡部を止めるように突き出した手は力強く。
「あん?」
「いらない・・・・・・」
眉を顰める跡部に、さらに繰り返す。
完全に慣れた行為。ためらいなく進められる躰。彼の中で、こんな事は大した事ではないのだろう。それこそ誰かから愛の告白を受けるのと同程度に。
それこそただの『同情』か。独りこんな事をやっている自分は彼からしてみればさぞかし哀れに映ったのだろう。
欲しいのは、そんなものではなくて。
欲しいのは、彼の躰ではなく――――――彼の全て。
躰の中に今だ収まったままの跡部の昂ぶり。離したくなくて、このまま一緒に上り詰めて果てたくて。
逃さないよう絡みつき締め付けるのとは裏腹に、周は跡部からは視線を逸らし肘をついて顔を起こした。このまま体を起こせば体勢上必然的に跡部も出ざるを得ない。
こちらの腰を掴んでいた跡部の手が離れる。跡部もまた身を起こし―――
だん―――!!
教室内に、鈍い音が広がった・・・・・・。
―――Next