最強は誰だ!?




 「・・・銀行に寄りたいんだけど、いいか?」

 どこか行きたい所あるか、という太一の質問にオズオズと手を上げたのはヤマトだった。

 「銀行、ですか・・・?」
 「どうしたの、お兄ちゃん?」

 大輔とタケルが訊いてきた。まあ兄弟水入らずのお出かけ(のハズだった。予定では)に行く場所としては妙な所かも知れない。

 かなり恥ずかしい理由ながら、ヤマトは全員に今の自分(+一部家族)の状況を理解してもらうためあえて口を開いた。

 「オレは毎週金曜日に1週間分の家計費を卸してるんだ。金曜はバンドもないし」
 「何でそんなに手間のかかることをしているんですか? 1か月分まとめて卸した方が私は楽だと思うんですけど」

 ヒカリの言う意見も尤もだろう。が、

 「それだとまちがえて使っちまうかもしれないだろ? 保険だよ」
 (・・・ぜってーないよな、ヤマトなら)
 (けどわざわざそんな事にまで気を回すのがお兄ちゃんだから)
 「―――何か言ったか? 太一、タケル」
 『いーえ別に』
 「・・・? ま、いーけどな。
  で、昨日たまたま作曲やってる奴が新曲のインスピレーションが出て来たとかで急遽全員呼びだされて―――終わったのはとっくに銀行の閉まってる時間だったんだ」
 「でも今日って土曜ですよね。手数料取られるんじゃないんですか?」

 上目使いに尋ねてくる賢にヤマトははあっと重いため息で肯定を示した。

 「わかってるんだけどな・・・。
  けど今日卸さねーと週末冷凍食品ばっかになっちまうし・・・」

 冷凍食品、といっても店で買って来たものではない。下ごしらえを済ませ後はレンジに入れたりするだけながらも立派にヤマトの手作りだ。だが生真面目な彼はそれでも許せないらしい。

 「―――なら、ま、最初に銀行行って、それから遊びに行くか!」
 『おー!!』

 このメンバーでもやはり中心は太一らしく、彼の鶴のひと声であっさりと行き先は決まった。それぞれの胸の内はほとんど明かさないままに・・・。







*     *     *     *     *








 ヤマトは久し振りにこちらに泊まりに来るという弟の事を楽しみにしていた。第2土曜・日曜と2泊3日。3年前のデジタルワールドでの冒険以来弟への依存心は薄らいでいったが、やはり大事に思う事は変わらず是非もてなしてやりたいと思っていた。だが件の事情のおかげで昨日は『冷凍食品』となってしまったのだ。今日こそはまともな食事を!と遊びに行くことを口実に(もちろんこれも十二分に本気だが)さりげなく銀行へ行こうと思っていたのだ。





 タケルは食事なんていいから一時でも長く兄と一緒にいたい、と思いつつもその兄が「ごめんな、こんなモンしかなくて」と本気で落ち込んでいた事、そして自分もそんな兄の愛情こもった手料理が食べたいと欲張ってしまっている事もまた事実だった。やはり
愛しい人が自分のために作ってくれる料理というのは魅力溢れるものだ。が、自分のそんな気持ちに気付いたのはデジタルワールドから帰ってきて暫くしてから。あれ程のおいしいチャンスをみすみす逃していたことは悔やんでも悔やみきれないが、とりあえず未来を見ることにして今日出かけようかという兄の提案に首を縦に振ったのだった。年を経る毎に綺麗になっていく割にはその事に全くもって無頓着なこの兄を人目にさらす事に抵抗がなかった訳ではないが―――どうやら自分は最悪の選択をしたらしい。家を出て40分しかたっていないのに見つけて(正確には見つけ『られて』)しまった最大の鬼門を前にタケルは心底後悔した。










 一方そんな高石田兄弟と『偶然』出会った八神兄妹の場合・・・



 太一はこのところ毎週恒例と化していたヤマト宅(石田宅じゃないのか・・・?)お泊まり会が突如断られ苛々していた。しかも理由はタケルの訪問。たまにしかない兄弟水入らずを満喫したいというヤマトの気持ちが解らない程2人の家庭環境を知らない訳ではない。が、ヤマトはともかくタケルが兄に抱いている気持ちは同じ事を想っている自分にはバレバレだった。どころか逆にタケルも解っているらしく、宣戦布告はするわ『弟』の立場を利用してヤマトにべったりくっつくわとやりたい放題。自分がやれば即座に殴り倒されるそれらも弟の免罪符のおかげで「しょうがねーなあ・・・v」と許されているし、最早今2人きりにしておけば超えてはいけない一線(注:あくまで太一のため)をあっさり超えてしまいそうである。そんな中、なにが悲しくてそのチャンスをわざわざあげなきゃならないのかと悶々としていたところで思い出したのだ。昨日の放課後バンドのメンバーに呼び出されていたヤマトの姿を。家計費金曜卸しの話は何度かついていった自分も当然知っている。昨日ヤマトがにっくきタケルと共に家に帰ったのは8時過ぎだ。
10分おきに自宅の電話に連絡を入れるというストーカーまがいの行為のおかげで間違いはない。ならば今から無理矢理押しかけていって蹴り出されるよりは、確率はかなり0に近いながらもこちらに賭けた方がいいのではないか、そう決心し昨日は「明日は覚悟しとけよー!」と誰に対してのものかよくわからない雄叫びを上げ床についたのだった。





 ヒカリは今朝出かける寸前の兄を玄関先で捕らえる事に成功した。休日にこの兄が私服で出かけるとなると行き先はほぼ決まっている。理由を聞けば案の定。にかっと笑って自慢げに自分のアイディアを話す兄を見て最初に抱いた感想は「アホらしい」の一言だった。銀行といってもお台場にはいくらでもある。まあこれは大抵同じ系列のものを使うだろうと予想できるが何時にそこへ行くのかもわからないのだ。場所・時間共に予測不能なたった1人の相手(厳密には2人。しかしこの兄の場合探したいのは内1人だろう)をこの広い街から探し出す。不可能ではあろう―――が、逆にこの状況は利用できる。

 『お兄ちゃん1人だったら2人に会った時目的がバレやすいよ? あくまで「偶然」でしょ? ならあたしが一緒にいた方が納得してもらいやすいと思うよ』
 『な〜る程! こっちも「兄妹水入らず」って訳か。頭いいぞ、ヒカリ!!』


 これで高石田兄弟が見つからなければ本日1日中兄とデート。タケルも太一の性格も執着心も想いも知っている以上そう簡単に会わせる―――むしろ遭わせる真似はしないだろう。自分は自分で誤誘導[ミスリード]しまくればいいだけだ。





 ・・・・・・と、思っていたのだが。





 太一のヤマトへの特有の嗅覚はタケルの妨害工作もヒカリの霊感(笑)も可能性の問題も全て踏みにじるほど強かったらしい。4人が会ったのは太一とヒカリが家を出て僅か
30分後の事だった。










 そして被害者とも言える大輔・賢両名の場合。





 大輔はこの日珍しく何の用事もないという賢をどこかに行こうと誘った。どうせなら新選ばれし子供達みんなで出かけようかとも思ったがその考えは自ら打ち消した。大好きなヒカリちゃんと一緒にいられるチャンスなのにもったいないと思いつつも何故か賢と2人で居たかったのだ。
  (まああいつも喜んでたし)
 紆余曲折を経て仲間になった。さらに紆余曲折を経て強固な繋がりを持つようになった『友達』。憧れの太一先輩や大好きなヒカリちゃんに感じるものとは何となく違うような気がしたが、どちらにしろ気持ちいいものだったので気にせずにいた。
 どこへ行こうか、とそれすら決めていなかった自分達に笑いつつ歩いていて―――もの凄くよく見知った4人に会ったのだ。

 『太一せんぱ〜いv』
 『お、大輔に賢! こんなところで会うなんて奇遇だな』
 『ホンット、珍しいね。という訳で僕らと一緒に行かない?』

 ―――何か妙な会話の流れだったような気もしたが、迷わず頷いた。あまり好意的に思っていないヤマトさんやタケルまで一緒なのはあまり嬉しくなかったが今日の俺はツイてる!と自分に感動しつつ。





 賢は大輔からの誘いを素直に嬉しいと思った。自分に初めて出来た『友達』。その響きはくすぐったくて心地良い。他の仲間たちももちろん今では『友達』だが、やはり1番嬉しく感じるのは大輔と一緒の時だった。「で、どこ行こっか?」と会ってから聞いてくる大輔の計画性のなさに笑い、それすら思い付かない程浮れていた自分にさらに笑みが零れた。穏やかな1日になる筈だった―――スタート
20分でいきなりコケたりしない限りは。
 目の前に自分もよく知る4人がいた。全員過去のしがらみから直視しがたい相手だったのだが、道を替えるより早く大輔もまた彼らの存在に気付いてしまった。仕方なく、彼に合わせて自分も見る。
 中学生
&小学生ながらに4人とも周りの目をよく惹いていた。自分もまた、こちらに気付かず話す4人をまるで絵画のようだと思った。



 が・・・・・・



 (・・・なんか全員からドス黒いオーラが滲み出ているような気がするのは僕だけなのか・・・?)
 頬を一筋の汗が伝った。
 大輔に『それ』に気付いた素振りは見えない。やはり気のせいなのか、それとも自分は元デジモンカイザーとして人の心の闇、というか悪に敏感なのか。
 (けどなんか1人1人全員僕のなんかより遥かに強力なような・・・)
 それはそれは大気をも歪ませそうなそれは最早恐怖を通り越して畏怖の対象にもなりそうだが・・・・・・

  『太一せんぱ〜いv』

  よせと制止をかける前に大輔は走っていった。もう無邪気に。あたかもご主人様を見つけた犬のように。
  全員がこちらを向く。その瞳が全てを物語っていた。曰く、



太一:『せっかくヤマトと逢えたってのにタケルの野郎〜! しかもまだ増えんのかよ!!』
ヤマト:『タケルと兄弟水入らずのスペシャルデーが! 太一の馬鹿、何が「偶然」だ!! まさかこの2人も何かの作戦か!?』
タケル:『よかった〜v ヒカリちゃんに続いて大輔君まで来てくれるなんて。これで対太一さん用妨害作戦は万全だね。一時はどうなるかと思ったけどデート続行〜っとvv』
ヒカリ:『(チッ!)ウザいわね―。大輔君まで来るなんて。何とか断らなきゃ!』



 ―――いや、別に自分が彼らについてそこまで深く知っている訳ではない。が、これ以外は解釈不可能と言い切れるほどハッキリとした意思表示だった。



 『僕らと一緒に行かない?』
 笑うタケルの後ろに漆黒の翼と尻尾が見えるのは幻覚か?

 『ええ、いい案ね』
 頷くヒカリの目に『目で射殺す』という言葉を当てはめてしまうのは自分だけか?



 ダッシュで今すぐこの場から逃げ出したいのだが、他の3人を圧倒したタケルの微笑みの前に動くどころか呼吸すら出来ない。既にそちらに踏み込んでしまっている大輔は人質にしか見えなくて、



 『・・・・・・はい、行かせて下さい・・・・・・』



 他に選択肢はなく、泣く泣く頷きつつ1つだけわかった事がある。つまり―――





 ――――――本宮。君、実は人の感情に鈍かったんだね・・・。







*     *     *     *     *








 そんなこんなで寄った銀行が強盗に遭ったのだ。犯人は覆面を被った7人組みで、全員小さめながら拳銃を所持している。人質は客・銀行員合わせて
30名弱。シャッターも下ろされ逃げ道なしながらも警察への通報はできたらしい。ここ最近この手の事件が多発しているせいか警察側の対応も早く、犯人グループが金を袋に入れ終わったころにはすっかり回りは包囲されていた。
 人質、犯人、警察。まるでじゃんけんの3すくみのように全く動けない状態へと追いやられる。

 慣れない(当たり前だが)事に震え上がったのは賢。大輔は無謀にも「今のスキに犯人たちから武器を奪って締め上げちゃいましょうよ」と『らしい』意見を飛ばす。

 それに待ったをかけたのは中学生2人組だった。3年前の冒険にて常に最前線に立ち、最も命のやり取りの多かった2人だからこその冷静な判断だった。
 「いや、今ここで俺たちが暴れたら他の人達まで巻き込むかもしれない」
 冒険の始まりの頃には想像もできなかった太一の言葉にヤマトの眉が一瞬ピクリと上がり―――この場にはふさわしくない柔らかい笑みを浮かべた。
 「そうだな。誰も動かない限り全員の安全は保障されている。ならわざわざ俺たちが最初に動いてそれを崩す必要もないだろ。
  ・・・・・・もちろん相手の動きに応じては動くが」
 ヤマトの言葉を受け、太一は目だけで周りを見回した。状況判断はサッカーのゲームを行う上で必然的に身についたものだ。受動的に動くのは好きではないが、最優先事項にヒカリやヤマトらの安全がある以上これは仕方ない。

 お兄ちゃんズ信仰のタケルとヒカリが反対意見を出す訳もなく、かくて6人の作戦は決まった。

 緊迫感が辺りを包み込む。それは3年前のデジタルワールドでの冒険に似てなくもない。
 そして時は流れ―――



 「―――人質をたてよう」



 ついに3すくみが崩れた・・・・・・。

―――さあ、人質になるのは!?

ヤマト              
  太一〔2本〕            
    タケル          
      ヒカリ        
        タケル&ヒカリ      
          大輔    
             
              ヤマト2






 さ〜てそんなこんなで始まりました銀行強盗デジアド02編。先の展開はまあ当然の如し。しかし6人ながらなぜか全9パターン(内1つ、太一編その2は1の中にあります)。ひたすらに長くしかも全員どこかしら壊れているというかなりヤな展開。それが許せなおかつお暇な方は覗いてやってください。ちなみに各話は特殊な場合を除きつながっておりませんのであしからず。じゃないと犯人63人必要ですし。
 あ、そうそう。この話を続けるにあたって大事な(?)ことが2つ。


1.人の立ち(座り)位置。これは右図のとおり。

2.人の関係。コロコロコロコロ変わりますが基本は
     
大輔→←賢    ヒカリ→太一→ヤマト←タケル
・ヤマトのみ全くもってどこにも矢印出てませんが、強いて言えば太一←ヤマト→タケル。太一への友情(時として愛情。ただし今回は友情で)とタケルへの兄弟愛はほぼ同じ比重という所。どちらかを取れと言われたら両方捨てるか、あるいは片方・両方に捨てられるのを待つか、さもなければ両方を自分の方へ墜とすか。まあその位2人ともかけがえのない存在だという事で。

犯人's


ヤ 太

タ   ヒ

賢 大

・一応大→←賢と書きましたが、話によっては岳←大←賢もあり。どちらにしてもこの2人は笑顔の子悪魔タケル様とヒカリ様のステキなおもちゃとなっておりますハイこれからも。しかし一見オフィシャル通りヒカリ←v大輔vっぽいですが、大輔の中でのヒカリは実際に好きというのではなく(最初は本当にそうだったかもしれないけど)『好き』の象徴じゃないかなあと。ヒカリへの思いが友情であれ憧れであれ『好き』と言う野の基準になっていて、だからこそ本当の『好き』に気付かない―――あくまで私の中での大輔ですが。は〜、しかしわたしゃ何故大輔でこんなに熱く語ってるんだろうねえ。語るならヤマトで語りたいよ・・・(泣)。

 そんなこんなでこの話、何せヤマト至上主義の私が書くので例え誰が名目上の主役になろうと(つまりは人質になろうと)彼が確実に出張るのでしょう! あ、あと一つ。これだけ書けばさすがにわかるでしょうが、私の中でタケル
&ヒカリは真っ黒です。その辺りを考慮した上でオッケーだと思われる方は先へどうぞv どこへ進もうが、8割方は地獄を見れる事を保証しますvv

2002.2.163.7